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コメント 2009/01/07

          「切手が伝える視覚障害」を読んで へのコメント





                    【本文へ戻る】

作者:zenmz

更新日:2009年1月7日 0時4分

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【9007】  「切手が伝える視覚障害」を読んで

★ 加入しているSNSの新着ニュースをチェックしていましたら、
「フランスから、ルイ・ブライユの生誕200年の記念切手が1月5日に発行されました。 フランス郵政のHPに画像が掲載されておりましたので、その画像を紹介します。」 ・・・・
 敬愛する友人である大沢秀雄先生のページに素晴らしい速報が掲載されていました。
これを受けて、もう一日、ブライユ生誕200年にちなむお話をしたいと思います。

★ 解説によれば、「その切手のサイズは横60ミリ、縦25ミリ。 図案は切手の右半分にブライユの正面からの肖像、切手の左上に点字定規と点筆が描かれ、その下に Louis Braille 1809-1852 と書かれています。 点字の定規や点筆が描かれている切手は無いと思います」と、実に専門的コメントがついています。

★ また、その後、大沢先生からメールを頂戴した情報によりますと、「フランスの他に、韓国、マカオ、チェコ、インド、シリア、スウェーデン、オーストラリア(切手付き封筒)、モルドバ(切手付き封筒)などからも生誕200年の切手が発行されております」とのこと。

★ 実は大沢先生は、筑波技術大学保健科学部の准教授 の医学博士。視覚障害のある学生を鍼灸師・理学療法士に養成しておられる教育者ですが、趣味に切手蒐集では、”この人あり”との名声高い著名な方です。

★ この2年間に全国レベルの切手展での受賞は6件。昨年秋の「第43回全国切手展では「金銀賞」(特別賞付き)を得られ、年末には「切手が伝える視覚障害-点字・白杖・盲導犬-」(彩流社刊 A5判 / 119ページ /定価: 2000 + 税 ISBN978-4-7791-1398-7 C0037 )を出版されました。

★ 勿論、今年の「ルイ・ブライユ生誕200年記念出版」で関係者の間では大きな話題になりましたが、大沢先生は、私のことを覚えていて下さり、出版と同時にご恵送下さいました。

★ 一読、驚嘆いたしました。「視覚障害」というテーマで世界各国から集められた古今東西の切手は、98カ国・地域の225点。先ず、よくぞこれだけ集められたものよ、と感嘆します。

★ 蒐集された切手は、(1) 視覚障害 (2) 視覚障害者の教育と点字 (3)視覚障害者のアクセスビリティ・・白杖、盲導犬 (4)視覚障害者への支援と社会活動の全4章にまとめられていますが、その内容は重厚で、正に「切手で綴った視覚障害百科」の感があります。

★ 意外だったのは、点字の考案者・ルイ・ブライユをデザインした最初の切手は、母国フランスではなくアルゼンチンでした。第2章の最初のページに1939年に通常切手として発行された現物が掲載されています。

★ 119ページ。どのページを開いても興味津々。やはり現物が伝える歴史の重みですね。大沢先生の懇切・丁寧な解説で思わず引き込まれます。これは、障害者問題に携わっている方々は勿論、福祉一般に関わり合っている方々に是非ともご覧いただきたいです。

★ 私個人としましては、深い感銘を受けたページがあります。大沢先生がただ単なる切手マニアではない、と、改めて敬意を表した44ページの「点字用郵便の変遷」です。点字郵便物は現在は無料ですが、そこに至るまでには長い盲人運動の歴史があります。
大沢先生ご自身の解説で、その足跡をご覧ください。
 点字用郵便の変遷
 日本の盲人用点字郵便の減額化は大正6年7月15日(50匁・1銭、第4種)より開始し、大正15年9月7日の改定で150匁・1銭となり、昭和6年8月1日の改定で600g 5厘となった。昭和17年4月1日の改定では1kg 1銭となった。
 昭和20年4月1日の改定で盲人用点字郵便は第4種から1種に変更され、1kgごとに3銭となった。昭和21年25日の改定で1kgごとに5銭となった。昭和26年1月1日の改定で盲人用点字郵便は第4種として1kgごとに1円となった。昭和36年6月1日より「盲人用郵便物」(盲人用点字、盲人用録音テープ、点字用紙)の郵便料が無料化された。

 ★ そして、このページには、昭和12年4月4日付けで大阪中央郵便局差し出し、東京・小石川郵便局へ送られた封筒現物が掲載されています。【田沢切手】(5厘)を貼った発信人:大阪毎日新聞社点字毎日、宛先東京市小石川区高田老松町二十八 大河原欽吾様宛。
この古い封筒に私は深い感動を覚えました。

★ これは、日本最初にして、世界唯一の全盲者のための新聞「点字毎日」の初代編集長、中村京太郎氏が、当時、東京盲学校の教諭で、点字研究の第一人者、大河原欽吾先生に送られた点字書簡の封筒に間違いありません。「第四種点字」の朱印は消されて、朱ペンで「点字書在中」と手書きで訂正されています。

★ 中村編集長は自ら全盲者でありました。
 秘書役には奥様が付き添われ、同時に営業を担当なさっていました。封筒の宛名の麗筆は、アイ夫人のものに間違いありません。これは、日本の近代盲人史にとっても、誠に得難い逸品と言わねばなりません。もう70年以上も前の手紙。よく発見されたものですね。

★ 大河原欽吾先生は、日本における点字研究の第1人者で、昭和12年に不朽の名著「点字発達史」を上梓されましたが、中身の中村編集長の点字手紙もそのまま残っていて、大沢先生の証言によりますと、内容は「点字発達史」の点字出版を「点字大阪毎日」で行わせて欲しいという依頼であったそうです。

★ 大河原、中村両先生のご業績を知らなければ目に止まるものではありません。お若い大沢先生のご研究の深さ、本当に感心します。
因みに大河原欽吾先生は、元駐米大使・大河原良雄氏の実父です。

【謹告】 
 ご希望が多いのでコメント欄を復活いたしました。ご意見、ご感想、ご提言など、何でもご利用下さい。但し、管理人が不穏当、非常識と判断したものは、予告なく削除いたします。ご承諾の上、ご利用をお願いいたします。
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更新日:2009年1月6日 21時59分

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コメント 2009/01/06

          《ルイ・ブライユ生誕200年》へのコメント◎ ねたろうさん 2009年01月06日 00時29分
 吉備野さんは「点字毎日」の編集長をされておられたとは、そして半生がその関連で過ごされたとは驚きました。私のつれあいはそれこそ点字づけの毎日です。小さなグループですが名前を、○○ブレイルと称して10年ほどやっています。
 彼女の頭の中は点字のことばかりで、お陰で私も少しは点字のことに関心があります。

◎ rinanobabaさん 2009年01月06日 00時50分
 私も この記事は、読みました.。pcで音声で聞ける事が出来て目の不自由な方も少しは 便利に成りましたが。。。吉備野禅三さんのページを めくると 知識人で 奥が深く 時間が足りなくて 舌たらずで 申し訳ありません。今年も健やかで ご活躍ください。

◎ いとうちゃんさん 2009年01月06日 01時55分
 私と点字の出会いは、母の知人で酔ってバスから転落したことによる事故で下半身麻痺と両手の指の硬直の状況の中、ベットの上で自由に開かない手で点字のボランティアをされてるのを拝見し、タイプライター式の点字打ち込み機を購入して、翻訳作業をしたことがあります。何年かの後、若い知人が関心を持ち譲り、作業からも撤退しましたが、根気のいるものでした。

◎ 甘栗さん 2009年01月06日 06時47分
 ルイ・ブライユさんが考案されたおかげで今は音楽の世界にも広がって・・・あの複雑な音符が点字のおかげで読めるようになり世界的な盲目のピアニストが何人も誕生しています。
すばらしいことですが僕には一向に読めません。いまや点字はエレベーターの中、バスのチャイムのボタンのところまで広がって多くの見えない方々のために役立っています。

◎ yamabousi  2009/01/06(火) 11:53 
 点字についての知識は殆どありませんでした。日記を拝見し、wikipediaで「点字」を検索しました。たった「6点」で様々な表現が出来ることに驚きました。人間の「知恵」は凄いですね!

◎ じじいくちやんさん 2009年01月06日 18時50分
 点字の大先生ってはじめて知りました大変失礼しました。私のような無学の者に付き合っていただいて申し訳ありません  これからはどうしたらよいでしょうか スミマセンでした

◎ ヨムテックさん 2009年01月06日 21時46分  
 ルイ・ブライユが点字の発案者であると知り、さっそく夫に記事を見せました。夫は大學で学生と共に目の不自由な方のパソコン教室を、市の協賛金を得て開いています。受講される方々、とくに中途失明者の悲痛な声が分かったそうです。点字すら手の届かない物であるとか。パソコンで新しい世界が開けるよう学生たちは協力を惜しまないようです。

◎ 新城加世子 2009/01/06 21:15
鹿児島に住んでおります67歳の主婦でございます。もう半年ほど先生のブログを毎日、拝見し、勉強させていただいております。私にとりましては、本当に貴重な人生大学のご講義を賜っている思いで感謝しております。本当に、毎日、一つ一つが格調高い論文で、毎日、毎日、緊張しながら拝見して参りましたが、本日の点字についてのご造詣の深さには驚きました。先生の人生を決めたと言う「輔弼からの出発」を是非、拝見させていただきとうございます。メールで申し込ませていただきますのでよろしく御願い申し上げます。いつも本当に素晴らしいご講義をありがとうございます。

◎ 蝶子  2009年01月06日 22時46分  
 先生、ありがとうございます。葛原勾当は郷里の有名人です。ブライユのお話に出てきたのでビックリしました。しかし、ナルホド こうして並べると、お互いの偉大さがよく分かりました。こんど故郷に帰ったら、この話をみんなに聞かせたいと思います。素晴らしいお話をありがとうございました。本当に勉強になりました。

◎ ごろごろさん 2009年01月07日 00時20分
 銭本三千年さんの、母校愛「新島譲」、先生えの、傾倒、ヘレンケラー氏との出会い、毎日新聞の点字版、どれを読んでも驚く事ばかりでこの感動の高まりを如何処理しようかと困ってしまいます。有難う御座いました。

◎ キノコさん 2009年01月07日 00時30分
 今では点字が公共の建物や物の製品にもつけられているものが多くなりましたが、視覚障害の方々で点字が読める人が少なくなっている?とも聞きました。それは中途失明者は指先で読む点字に大人になってからでは馴染みにくいことも原因かと、
 京都はライトハウスが有り、視覚障害者への理解も有り、ガイドヘルパーの活動も盛んで、視覚障害者の方々の活動を助け続けていましたが、障害者自立支援法が出来てからヘルパーの利用は減りました。障害があろうとなかろうと同じ社会で肩を並べて生きていけるよう誰もが受け入れできるそんな教育が浸透して欲しいと思っています。

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作者:zenmz

更新日:2009年1月6日 0時56分

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【9006】  ルイ・ブライユ生誕200年

★ 日本語の「点字」は、欧米語ではすべて”Braille”といいます。視覚障害者のための”世界共通の公認文字”ですが、これを考案したのは自ら盲目のフランス人、Louis Braille ルイ・ブライユという方です。その人の名が「点字」の普通名詞になりました。今、ブライユ生誕200年を記念する国際会議が09年1月4日から4日間、ユネスコ・パリ本部で開らかれています。

★ ルイ・ブライユのことは、1月4日付けの「毎日新聞」が見開き2ページに亘る大特集を組んで紹介しており、同時に同じ日付の「毎日新聞・余録」「朝日新聞・天声人語」の両コラムが取りあげていましたので、皆さんも既にご承知かも知れませんね。

★ 私にとりましては「点字」は特別のものです。私は、ブライユ生誕200年記念日を、特別の感慨を持って迎えました。自分が今、ある姿を思うとき、未だ大学生であった昭和27年(1952)秋に初めて「点字」と出会ったことが、その後の私の運命を決めたことを深い感慨と共に思い起こします。

★ 同じ大学に学んでいた盲大学生を支援する活動を初め、その後、新聞記者になって、後半を世界唯一の失明者のための点字新聞「点字毎日」の編集長を務め、そして新聞社定年後は大学で障害者福祉と点字を教えました。正に「点字」と共に生きた半世紀でありました。

★ この国際会議は、ブライユの誕生日である1月4日にブライユの墓地のあるパンテオンでサルコジ大統領が献花し、フランス政府の要人や世界盲人連合の代表者らによる追悼ミサの後、200年に亘る点字発達史を回顧し、現在の点字文化の到達を集大成するのだそうです。

★ 私の想いは、パリ北東約40キロ離れた田舎のクープレー村に飛びます。今からもう46年も前の昭和38年(1963)の春、私は、ここに今も残るブライユの生家を訪れたことがあります。ブライユは3歳の時、大工だった父親の仕事場で遊んでいて、誤って錐で目を突き、失明しました。

★ しかし聡明な子で、世界最初のパリ盲学校に入学し、19歳で同校の音楽教師となる。点字を考案したのは15歳の時。当時、陸軍砲兵のシャルル・バルビエ大尉が軍用に用いていた夜間暗号たターブレット(12点触覚暗号)を盲人用教育文字に応用するボランティア活動をしていました。

★ ブライユは、このバルビエ12点暗号を「6点」に凝縮してアルファベットや数字、更には楽譜までも読み書きできる6点式の点字体系にまとめ上げたのです。すべて完成したのは、1829年、ブライユ20歳の時であった、と言われます。

★ しかし、ブライユ点字は長く正式な教育文字と認められず、肺結核を病んだブライユは、1852年1月6日に43歳の若さでこの世を去りました。フランス教育省がブライユ点字を”盲人の文字”として正式公式したのは、没後2年経った1854年でありました。

★ ブライユ点字が日本に持ち込まれて日本点字が完済したのはそれから38年後の1890年のことでした。そして、いくつもの困難を克服して、ユネスコが「全世界共通の盲人用文字」として「ブライユ6点点字」を採択したのは昭和29年(1954)のことでした。

★ 「ブライユ6点点字」は、その後、科学の進歩と共に複雑は数式やコンピュータ登場でコンピューターとの整合、更には触覚図形表現へと進化し、視覚に障害がある人々の高等教育を可能にし、社会参加実現に大きな役割を果たしました。

★ 世界から集まった専門家たちは、きっと、ブライユの発見した「6点」の大きな意味づけをまとめ上げることでしょう。しばらく私は、インターネットで会議の経緯とその成果を見届けたいと思っています。

【注記・追録】 2009年1月6日午後3時半
◎ 近世以前、文字が未だ支配者のものであった時代、我々庶民は無知でありました。時代が進み、学校教育がが普及し、自らの文字を持つようになって、我々は無知から解放されました。しかし、盲人は、その後も長く、文字から隔絶されて、暗黒の世界に放置されたままでした。

◎ その壁を取り崩したのが「点字」の発明でした。それは、僅か15歳の自ら盲目の身であったフランスの盲少年、ルイ・ブライユが、たった6点の組み合わせで完成したものでした。今の感覚で言えば、「中三」の子どもが世界の盲人を文字文明に連れ込むのに成功したのです。誠に偉大な、天才的偉業であったことを思わざるをえません。

◎ その当時、日本盲人は、どのように文字文化と闘っていたか? ルイ・ブライユ(1809~1852)と重なる時代を生きた盲目の音楽家、葛原勾当(1812~1882)の物語にもご注目をお願いいたします。

               【関連記事】 
(私と点字に関しては次の記事も合わせてご披見いただければ幸甚に存じます)

     ◎ 半世紀後、母校に集った「志縁の絆」
     ◎ 我が青春  「補弼」からの出発
     ◎ 私の人生をきめた”奇蹟の人”

         ==== いただいたコメント  ====

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更新日:2009年1月5日 21時50分

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コメント 2009/01/05

          ≪親子で夢見る初夢・・・”農の心”で大言壮語≫へのコメント

さつきちゃんさん 2009年01月05日 06時07分
 何もかもを頼りすぎてしまっている世の中、いえ、私自身耳の痛いところです。心して頑張ります。

◎ 生茶さん 2009年01月05日 07時52分
 息子は父の背中を見て育つのですね。
 私は母ですが、息子と生きることや日本について議論できる関係がいつまでも保てればいいなと思います。
 私は禅三さんの論にかなり影響を受けております。
今まで見えなかったものに少しずつ興味を持ち始めています。今年は義理母の家の広い庭を借りて何か自分で育ててみたいと思います。

◎ shimaさん 2009年01月05日 08時32分   吉備野禅三さんの説に、孫たちの将来に明るい兆しが見えるように思います。
一人でも多くの人が 禅三さんのこの説に賛同して、種蒔きをして下さった ”農の心” が芽を吹き、息子さんに続く人達が現れて確り根付き、大きく育つことを期待してやみません!~

◎ 甘栗さん 2009年01月05日 09時17分
 僕はかねがね、第一次産業が日本の将来を救う・・と思っていました。第二次産業の工業・・などは資源不足の日本にとってはこれからは難しいのではないかと・・・・ 自給自足が一番です・・・

◎ ねたろうさん 2009年01月05日 10時14分
 2兆円のばらまき政策には腹が立ちますが、さればそれに代わる策はあるかと問われると、
返事が出来ませんでした。吉備野さんの提案、なるほどと思いました。
 私の娘は大学を出て、3年ほどは正社員として働きましたが、そのあと10年近く派遣社員で
今に至っています。未婚です。その娘が最近、自分は事務には向いていないので、何か
植物に関わる仕事がしたいと言うのです。植物は好きなようです。
 しかし、そうかと言って今さら農業で何か考えろと言うことも出来ませんし、現況では勧められないなということを言いました。
 国の方針として、農の再生を目指す政策を打ち出してくれれば、今の農業の人、そして職のない若者に大きな希望をもたらしてくれることでしょうに。

◎ みなみ@神奈川 2009/01/05(月) 08:26
 20数年前の叶論文や竹中論文は未だ画餅になっていますよね。
禅三さんは「新農業主義」を実現するためには、どのようにして軋轢なしで土地を集約・再編成するかの具体的な方法に関してアイディアはお持ちでしょうか。
(私は『農』の他に『職人』も加えたいですが)
 それと気になるのは、日本という国が商工業の比率を減らしても他国(特に新興国)がそれを許してくれるのか。
あるいは、ほぼ完全自給の時代の日本の人口は(確か)概ね3千万だったのが今は1億2千万、これを維持するにはどの程度の産業配分や政策誘導があればいいのか、私には中々難しいものがあるなあと思うこともあります。(今更間引きや棄民みたいなのはなしでしょうし、全てが有機農法も無理そう=資源の輸入は必要だろう、で)
 だからと言って今のままでもいいとは思いませんが、「トシをとったら特権としてドロップアウト」以上のことが考え付きません……

◎ 漆山 治  2009/01/05(月) 07:51
 私のホームページの『2009年の予測と展望』に詳しく農業問題について私見を書きました。覗いてみてください。
★ 銭本三千年 2009/01/05(月) 11:17
 皆様、早速にたくさんのコメントをありがとうございました。

  漆山 治さん、
 拝見いたしました。皆様にもご覧いただきたく、リンクしご紹介いたします。

 みなみ@神奈川さん
 ご所説、興味深く拝見しました。ただひとつ、私の記事についてご理解をお願いいたします。私が綴っております事がらは、極めて個人的な実践の経験の線上に思いついた提言を語っているオハナシです。社会に論を立てるつもりはなく、したがってご指摘のような予測される諸問題を検討しているわけではありません。議論に及ぶ点はご容赦いただき、ただ、この20年を農に対する畏敬に生きた傘寿老人は、同じ思いの子と共に、自らの経験を元に、コト、今の経済恐慌事態に望んで、このような発想は如何、と申し上げている次第です。綴っていることの大半は、自ら選択した人生への感慨に耽る思いが半分以上あります。この点、ご理解をお願いいたします。 ご指摘のことは非常に重要だと思います。今後、勉強させていただきます。お気づきのことがございましたらご教示いただければ幸甚に存じます。

◎ 漆山 治  2009/01/05(月) 15:15
 有難うございました。日本の復活のためにも農業の組織的な活動が望まれます
◎ オスカー 2009/01/05(月) 11:56高知のオスカーです。ほんとの自立とは、まさしく自給自足できるということでもあるように思います。お金がなくとも幸せを感じられるって最高の贅沢です。

◎ 淡水さん  2009年01月05日 19時30分
 朝の時間帯に記事を拝読する余裕がありませんでした。素晴らしい構想ですね。
食糧自給率が低いと度々耳にしますが、有効な具体策はさっぽり出てきません。逆に、息子さんのように個人が必要を感じて自給自足の道を目指しているケースはよく耳にします。環境や雇用、そして進むべき方向として、農水の第一次産業に真面目に取り組まないと手遅れになりますね。 

◎ みらくるりんさん 2009年01月05日 20時18分
 わたしは読書が好きで、本を読んでいるときは至福の時です。まさかブログを読んで、読書のときのような感動や満足感に浸るとは・・・「傘寿・・」を夢中になって読みました。小見出しがあったので、みたいところから次々と・・わたしの勝手な妄想ですが、56才から日本中を測量し地図を作り上げた伊能忠敬とどこか重なる部分をお持ちですね。理不尽なことに立ち向かう姿勢や 新たな発想に これからいっぱい学ばせていただきます。 ごめんなさい 書く場所まちがえた。日記だった これ・・

◎ riyusaさん 2009年01月05日 20時23分
 いつもブログを読ませていただいています。初めてコメントいたします。
 私が前から感じていたことは、日本の学校教育が農業をあまりにもおろそかにしてきたのではないかという点です。 もっと、もっと、農業を大切にしなくてはならなかったのに、それを国で教えることをしてこなかった、日本がちゃんと自給していくためには大切なことだったのではないでしょうか。日本の土地で、しっかり作物を育てること、そういうノウハウを子供たちも,身につけておいてもよかったのではないか、週に一日でも農業体験をする、そういうことが授業に組み込まれてもよかったのではないか、と私は思っています。
 農業国のフランスは国が率先して、農業を大切にしているようです。その点は日本も、これから見習っていかなければいけないのでは、ないでしょうか。

◎ ヨムテックさん 2009年01月05日 23時04分
 ご次男の生活信条と言い、いつも吉備野さんが言われる事が机上の空論でない、実に羨ましい豊かな心の生活のご一家です。登山の帰路の山里に立派な農家が何軒もあるのに、住人はほんの僅かの老人という集落に出会います。薄が生い茂り、土手が崩れだした棚田にも。友人夫婦は、丹波篠山で立派な農園に見事な黒豆、山芋を造りますが三人の息子は帰農しません。部屋数あまたの屋敷もずれ廃屋になると寂しく笑います。

◎ 胡蝶蘭さん 2009年01月05日 23時28分
 私も 今思案中です。私は 私だけの事で 小さな問題に過ぎませんが コンテナハウスを持って行けるなら…と。現地確認中です。車が必要な田舎ですが。そこから まず出発したいと望んでおります。

◎ ごろくさん 2009年01月06日 09時42分
 「親子で夢見る初夢」的をついていますね。本当に大切なものが近代化と営利によって切り捨てられてきた結果、豊かな自然は荒れ果てて、もはや再び耕作できない原野になってしまいました。政治はもっと大胆にこれらの分野へのテコ入れが必要ではないでしょうか。安心、安全の原点が身近な所にあることを再認識すべきであると思います。



◎ キンさん 2009年01月05日 22時25分
 日本にとってこれからは農業が大事、そのことには賛成です。
 しかしながら、治山治水植林の営林を事業として成り立たせるためにはその木材が商品として市場で売れることが必要ではないでしょうか。
 休耕田の現物出資により、大規模農家が育成されることは日本の農業にとって必要な事と私も思いますが、その事は同時に農地を手放した農家は離農する事も同時に意味しませんか。離農した農家を雇用できる産業がやはり必要になるように思います。
 農業の活性化と完全雇用とが本当に両立するのか、難しい課題のように思います。
文章のやりとりだけで本意を伝えることは難しいと理解しています。なにか、水を差すような物言いになってしまいました、お気に触ってしまったとしたら、申しわけありません。★ 銭本三千年 2009年01月05日 23時19分
キンさん。先ず、御指摘の
《農地を手放した農家は離農する事も同時に意味しませんか。離農した農家を雇用できる産業がやはり必要になるように思います。農業の活性化と完全雇用とが本当に両立するのか、難しい課題のように思います。》
について、私の見解を申し上げます。

 私の提言では、組合方式で農家には現物出資してもらって会社経営で農業をやればいいと思います。この場合、農家は離農するなどあり得ません。現地に合った耕作の技術指導が必要です。農業を知らない都会人に営農の技術移転は重要な仕事です。共に給与所得者として働けばいいのではないでしょうか。

 農業の活性化と完全雇用の両立は難しい、とのことですが、商工業企業や鉄道会社が農業兼業に力を入れれば入れるほど両立成就に近づくのではないでしょうか?
 それを構造的に促進させるために公共事業化が必要です。

 しかし、根本問題は、ともかくやってみること。やってみて問題が出てくれば具体的に解決に取り組む。それしかありません。私はもう都会を捨てて20年、田舎で自分の生活を創り出しました。次男は10年、田舎生活を創りました。全く公的助成などありません。自分の好き勝手にやってきました。その体験から申しますが、実際の問題はやってみないと見えません。

 キンさんのようにいろいろと思案を巡らし、石橋叩いて万全を期してから橋を渡る。それも人生の生き方だと思います。安全を確認した上で、多くの保証を取り付けてから田舎生活に入る。それは、選択される方のご自由だと思いますが、では、どうすればいいのか?

 私は、逆に質問をさせて頂きたいのですが、キンさんは、
>>日本にとってこれからは農業が大事、そのことには賛成です。
と仰っておられます。では、ご指摘の問題をどのように解決すればいいのでしょうか? 
ご所見を承れれば幸甚に存じます。
 そのご呈示がないままに、この問題を議論してみても、論点はすれ違い、議論倒れになるように懸念いたします。

 私は、単純です。私自身は、都会生活はダメ、そう思って田舎に飛び込みました。そして発生した問題はすべて解決して20年住みました。自信を持って申し上げられることはそれだけしかありません。




作者:zenmz

更新日:2009年1月5日 6時23分

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【9005】 親子で夢見る初夢・・・”農の心”で大言壮語

★ 今年のお正月はちょっとしたハプニングがあり、子・孫全員集合は、なりませんでした。
大晦日から元旦にかけて山陰地方は大雪に見舞われて、出雲の次男一家が足止め。
「雪がおさまってから行きます」と言うことで、元旦は長男一家だけになりました。

★ 雪も収まり、その次男一家が「今日でお正月も終わり。明日から出勤です。」と、日曜日の4日に姿を現しまし、深夜まで語り合いました。残念ながら大学生の孫二人は「それぞれ学校行事があり、既に下宿先に戻った」とのことで、結局、次男夫婦だけとの「親子水入らず」の”2度目”のお正月。

★ この次男も、今年、50歳。大学院で海洋学を学び、水処理の専門家になり、若い頃には低開発国に水処理プラントを売り込んでいましたが、今は、大手素材会社の大阪支社長をしています。しかし、ちょっと変わり者。

★ 東京にかなり長く勤務した後、10年ほど前に現職に就き、大阪に移りましたが都会を嫌い、8年前に出雲に住居を建築、家族はそこへ移住しました。以来、本人は飛行機で金曜日夜に出雲の自宅に戻り、月曜朝に大阪出勤してウイークデーは、マンションで一人住まいをしています。

★ 自宅の庭は800坪。半分が畑と果樹園。土曜・日曜は、百姓と釣りに精出して、野菜の殆どは自給自足出来るようになりました。ことしは、レモンやスダチがバケツ15個山盛りに出来て、ウチにも出荷してくれたお陰で、我が家も随分、潤いました。

★ まあ、そう言う次第で、昨日、私がブログで提案したような「大地に足を降ろして脚下を照顧すれば暮らしの豊穣さが至るところにある」生活を既に自ら実証しているサラリーマンです。

★ そこで「親子水入らず」の話題は盛り上がりました。
「そもそも麻生内閣、2兆円バラマキ政策など愚策だ。今の兆しは明らかに金融資本主義の行き詰まり。アメリカ追随経済の終焉の姿と見るべきだ。それを支えるのにもっとモノを買え、消費拡大を・・などと焼け石に水の大資本奉仕に走る。誠に愚策」

★ そう切り出した私は、次男を相手にまくし立てました。その趣旨に、次男は大賛成してくれました。今日は、50歳の現役が「ホンマ、ホンマ」と、大賛成してくれた我が提案をご紹介しておきましょう。

        ----- 農水産業を国土再生経済のフロンティアに---


◎ 私は、昨日のブログでも申しました通り、今こそ、我が国は、超工業主義路線に見切りをつけて、「新農業主義」に政策転換すべき時だと信じています。世界に冠たるトヨタさえ危機に瀕している現状。もはや消費拡大のテコ入れがカンフル剤になる状況ではありません。新しい発想による新起業が必要です。

◎ 私は、大量に発生した若年、中高年の失業者救済と、国家経済の立て直しに早急に新しい公共事業を起こすべきだと考えます。

◎ 例えば、日本全土を動脈のように走っている鉄道会社・・JRはじめ私鉄全社の定款の事業項目に「農水産」を加えて、沿線の第一次産業活性化を図る。また全国の建築・土建業各社の定款に「林業」を加えて、荒れる山林の治山治水、植林など営林事業を全国的に展開する。

◎ 公共事業の削減で青息吐息の建築・土建会社はこれによって活気づくでしょう。鉄道各社の事業拡大は沿線開発しかありません。都会のベッドタウン造りはもはや限界。この先の"沿線開発"は農業振興。後継者が無くやむなく放棄・休耕田畑を現物出資してもらい新たな組合方式で営農会社を設立して「地産地消」営農を展開する。

◎ これを国家事業として行えば、新たな雇用創出と荒れるままに放置されている国土再生が同時に実現出来ます。とりあえずその奨励策として2兆円を新公共事業費として予算化して積極的に奨励の下支えをする。そのようなモデル・パイロット事業を起こしてみては如何でしょう。

◎ かつて失業対策事業が全国の学校プールを新設・整備した実例があります。今こそ「商工業」偏重だった企業各社も「農水産」併業に事業拡大して、これからの国の形を整える。つまり食料自給率を高めて食の安全保障を確立、同時に荒廃した国土に緑を取り戻す。商工業と農業の調和した新しい国造りを目指す。

◎ 国家事業としてグランド・デザインを策定し、先ず2兆円をつぎ込んで、事業化に着手すれば、方向を見失い、立ち竦んでいる経済は大きく動意を見せるのではないか?。 今、なすべき政策選択はこのような「新農業主義」ではなかろうか?

◎ ただし、これには、ひとつの確認すべき哲学が必要です。目先の経済活性化のためにするのではありません。戦後、重工業主義に突っ走り、国土を荒廃させ、公害を撒き散らした深い反省と、その贖罪が出発でなけねばなりません。

◎ 私は、一気に語りました。次男は、大きく賛同してくれました。そして一言、申しました。

「ボクも同じ考え。10年前にそれを思い、やってみた。そして今、その選択が良かった、と思うよ。これからは農水産だね。経済に残されたフロンティアは第一次産業。その活性化を図れば、経済危機も乗り越えられる。完全雇用も達成出来る。国土も蘇える。パパの論、正解だと思うョ」


◎ 我が子ながら、自らその信念を実践に移した人間の言葉の重みを感じました。そして願います。これが、今年の正夢になることを;・・・・。

          ==== いただいたコメント  ====

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更新日:2009年1月5日 5時51分

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コメント 2009/01/04

       「大地と暮らす”捨象”人生へのご招待」へのコメント

◎ ヨムテックさん 2009年01月04日 00時21分
 今年も吉備野さんの日記を読み、正しいものの考え方について学びたいと思います。反対意見もそれはそれ、あってもいいでしょうと、はっきりと物言いをされるたびに、爽快な気分になります。私の原住地、西宮市はこの時代の先端とばかり商業モール花盛りです。そして高層マンション。組み込まれてしまった私達、生まれ育ったのがここであれば耕地もない。困ったものです。市が震災復興として街づくりをしたと言いますが、電鉄、大企業のなすがままと夫とイカッテおります。地元商店街はがんばっています。大生協の攻勢にめげずに。

◎ 風小僧さん 2009年01月04日 03時53分
 吉備野禅三様の、ご意見に賛同します・・・ 今春長男、来春長女も 大学、、、今の現状では、なかなか難しいですが、いづれは(老後)そうありたいと、思っております!
自給自足畑を耕し、魚は自然から、、、いいじゃありませんか。

◎ 甘栗さん 2009年01月04日 05時20分
 僕は日本人にとっては自給自足が最高の贅沢・・だと思っています。企業にいてくびを切られて路頭に迷うよりもわずかばかりでも自分達の農地で作って物を自分達で食べる・・でもこれは都会にいては出来ませんが・・農業離れも深刻・・跡継ぎ不足・お嫁さん不足・・
こんな時代にこそ振り返ってみては・・・・僕にとっては憧れです。
農業は憧れだけでは出来ませんが・・産業構造自体を考えなければ・・・
それに僕も含めて物を求めすぎるのではないか・・と自省しています。便利になりすぎてしまって・・・僕は不便が便利です。少しの不便は不便さを感じない・・・生きている実感がするのです!

◎ 生茶さん 2009年01月04日 08時39分
 そうですね、家の周りにも使用されていないであろう田畑があります。それらを拠点に自給自活の生活ができるかも知れませんね。
 男性だけでなく、そのことに喜びを見出せる女性もいれば家族として生活できますよね。
 知人の一人(彫刻家)は山奥で月5万円の収入(近くの雪下ろしや農作物収穫の手伝いから得る)で精神的に豊かで時間たっぷりの創作活動をされています。

◎ ふーちゃんさん 2009年01月04日 09時24分
 「不自由を常と思えば不足なし」という言葉を思い出しました。「企業は人なり」といいますが労働者はいつも何らかの形で搾取されてきているように思います。高齢者によって支えらている農業や漁業は生計維持が困難で過疎化はますます進んでおります。
耕す土地がある人は自給自足を再考するのも良いのではないかと思います。
今日も先生の言霊に触れ、大変感銘を受けました。
先生にいつも学びの場を提供して頂き深謝申し上げます。
どうも有り難うございました。

◎ じじいくちやんさん 2009年01月04日 10時57分
 先生のおっしゃるとおりです太地は荒れ放題、若者は大企業目指す社会 、金金金其れだけが進む道ではない、モット日本を愛するなら地道に節約生活を送り大地を愛すれば豊葦原の日本ではないかと感じます

◎ 白馬童子さん 2009年01月04日 11時34分
 今朝は、先生のブログの中を、よたよたと、散歩をさせていただきました。貴方の根底に流れる思いやりと、人間味に浸っています。

◎ キノコさん 2009年01月04日 12時35分
 以前、田舎に住むことを考えた事が有ります。
 かって祖母達が住んでいた家が空き家になった時です。叔母は言いました。田舎の付き合いが出来るだろうかね?とその言葉に田舎住まいの厳しさを知ったようで又、叔母達の傍ではお互い良い事も悪い事も出てくるだろうと断念しました。
田舎住まいは今でも憧れです! しかし、それは私だけ、夫は望みません。やはり妻という立場は弱気になります。それも60を超えると尚の事、憧れに成り、猫の額ほどの庭に食べれるものを植え楽しむ程度でいます

◎ snowさん 2009年01月04日 13時30分
 会社は面倒見てくれませんものね…。
「この歳で!」と非難されるかもしれませんが、本当は田舎暮らしがしたいのです。都会っ子ではありませんから(笑)  どこへ行っても過疎化が深刻で、なんとか若い力でといつも考えます。

◎ ごろくさん 2009年01月04日 14時39分
 おっしゃる通りですね。あまりにも企業に依存しすぎたのですね。「寄らば大樹のかげ」の時代はとうの昔だったのに・・・・。田舎はゆったりと時間が流れています。人と人の温かいつながりがまだ残っています。もう一度、原点に返ってみるいい機会かもしれませんね。

◎ ブルースカイS子さん 2009年01月04日 21時06分
 正に世の中マネー地獄に陥った感じがします。
 先生の言われますように、大地を踏みしめて農、から再出発されるが一番と思います。
地方には、過疎になり田圃の作り手も無く荒れた土地も沢山あります。探せば、空き家だってあります。どうか一日も早く決断されて、第二の人生歩み始めてくださるようにと祈ります。

◎ juntakuさん 2009年01月05日 00時33分
 日記を拝見して感動しました。今の日本に不足してると思うことをずばり言っていただきうれしいです。これからも立ち寄らせてください。

◎ ちぬ丸さん 2009年01月04日 15時30分
 どこかで執着心と決別しなくてはですよね。なかなか出来ぬ事ですが両手を広げて大地に倒れ込む気持ちでしょうか。

◎ 淡水さん  2009年01月04日 21時29分
 今日は、企業人として反省する点が多く、言葉も出ません。
経済活動優先で許されると思いこんでいた長い年月。言い訳は通用しません。
諸悪の根源を絶つ。自らそう感じることもあります。
何もかも忘れて田舎暮らし、自給自足を目指した生活にスイッチしたいところです。

◎ whitesocks 2009/01/04(日) 17:22 
 私も今の不況はすこし変だと思います。新聞はことさらそれを煽っているような感じを受けます。不勉強と能力不足で、吉備野さまのように、理論的な意見をできないのがはがゆいですが、巨額の損失の裏には大儲けした連中もいるはずで、彼らは不況に落ち入る前に“雲隠れ”してしまいました。(と思います)
 今日の(日経の)トップ記事は「企業年金の運用悪化」です。そういう記事で民を誘導し、年金切り下げやむなしの外堀を作り出している思惑が見え隠れします。バブル崩壊時も同じような記事があったように記憶しています。
運用悪化は事実でしょうが、株・投信で運用する限り浮沈はつきもの、リスクの小さい運用と併用の方法も考えるべきでしょう。(すでにそのような運用が為されているのかもしれませんが)

ブログの前段だけに対するコメントとなってしまいました。

後段(本題)の『捨象人生』の“捨象(しゃしょう”という言葉、初めて聞きました。人生65年、それだけどっぷり“抽象”に浸かってきたようです。そこから這い上がるにはすこし時間がかかりそうです。

◎ 鯨の味噌汁さん 2009年01月05日 00時59分
大晦日に書かれた「限界集落」と併せ拝読。
 私の両親が暮らす実家も、限界集落です。地区の老人比率は70%を越えました。
50年前は1万人いた人口が、2500人です。この人口減は異常です。天明の大飢饉だって、こんなことはなかった。若者に仕事はなく、老人だけが深い雪の中で暮らしてます。
 故・田中角栄は「高速道路を通し、新幹線を通し、首都圏と地方との格差をなくす」をイメージし、実際にインフラを整えましたが、結果として産業の地方分散は起こらず、逆に首都圏へ情報と人材が流出してしまいました。
 もう50年たつと、本当に私のふるさとは無人になってしまうかもしれない。そう思うと心が震えます。飢饉より激しい人口減をどうやったら逆転できるのか。「維持」ではダメ。「復活」させなくては。
復活のキーワードを考えると、そのひとつは「インターネット」であることは間違いない、と感じます。日本のどこに住んでも首都圏と同じ質・量・スピードの情報を取得できれば、少なくとも情報産業は草深い地方でも成り立つのではないか、と思います。
吉備野さんの「大地と暮らす」価値観が、若い世代にも浸透し、その世代が地方に戻っていけば、次の50年が、また、大きく変わる気がいたします。

◎ コリーさん 2009年01月05日 12時36分
 恵んでいただく年金・年金の出所は若い皆さんの給与から差し引かれた保険料:このお言葉にだけは吉備野さんらしくない卑屈さが感じられてチョッと一言!おかげさまで私も早くも24年間も年金生活を送ってきましたが、恵んでもらうという気持ちになったことはありません。現役時代に納めた社会保険料はかなりの金額でしたから、当然の権利とおもっています。現役の若い方々の納める保険料には感謝していますがやがて来る受給年代を思って耐えていただき体とおもいます。

◎ ごろごろさん 2009年01月05日 14時02分
 「大言壮語」では有りません「正論実行」あるのみです。




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作者:zenmz

更新日:2009年1月4日 0時34分

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【9004】  大地と暮らす”捨象”人生へのご招待

★ 過食・狂乱と住むに家なく野宿の中高年者・・・なんともやるせない今年の年末・年始風景。
「格差社会」の勝ち組み、負け組みなどという失礼な言葉も聞かれます。そんな状況ではないでしょう。突然の首切りで途方にくれる若い人。絶望感に立ちすくむ中高年年者の方々に・・
私は、叫びたいです。訴えたいです。企業にすがるのは止めましょう。
 そして、「皆さん、田舎へいらっしゃい、ここで新しい人生を作ろうではありませんか」 と。

-------------------------------------------------------

★ その前に、テレビで言い訳ばかりする大企業のオエラ方に一言。
 つい2年前、史上まれに見る「いざなみ景気」で同じ場面に立ったあなたたちは≪2002年1~3月期から、2006年4~6月期まで名目GDP(年率換算)を21兆円稼ぎ出した≫と得意満面でした。それは、誰が稼いだのか? 今、首を切った人々ではなかったか?

★ 覚えてもいらっしゃるでしょう。その時、世間はどんなに騒いだか。
なのにサラリーマンの所得は4兆円も減り、資本家の手に25兆円もの大金が留保されたと大問題になりました。儲けた巨額のお金は労働者への利益分配がなされていないことが明白になり、「格差社会」が厳然たる事実になったことを・・・。

★ 一体、あの「いざなみ景気」で稼ぎ出し、更に労働者の賃金ピンハネまでして留保した25兆円はどこへ行ったのか? それには触れずにマスコミに登場して「企業浮沈の危機」と煽り立てて従業員のクビを切る。

★ 資本家の手に渡った25兆円。結局、金融機関と馴れ合いで、全部、マネーゲームのバクチに使ったのでしょうか? ならば、公的資金で企業を支える、などとバカなことは言わないで欲しい。さっさと店をたたんで、市場からご退場願いたい。諸悪の根源、いまこそ根を絶たねばなりません。

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◎ 最近のテレビ、新聞の報道・・・国家財政、経済問題も余程、マユにつばして見ないと、何時の間にか企業サイドの言い分に乗せられて瞞されているのではないか、との猜疑心ばかりが募ります。私自身には、言われるほどの切迫感はありません。

◎ なぜか? このところ、何度も、それを思って見るのですが、結局、その答えは、私自身は、この数年間、いつも不況だったのですね。「いざなみ景気」が始まった時にはすでに現役から引退していました。以来、景気には関係なく、乏しい年金生活。「常時、不況だった」です。

◎ 恵んでいただく年金だけで生活を切り回す。それで、もう5年も生活してきました。この年金の出所は若い皆さんがカットに続くカットで年々、乏しくなる給与からさっ引かれる保険料。その皆さんより贅沢をしてはならぬ、とのワキマエが私にはあります。だから身を慎んで生きて来ました。

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★ 私は、岡山のど真ん中。中国山脈のいわゆる中山間地域、典型的な過疎地に住んでいます。ここは、「神武景気」も、「岩戸景気も」、「いざなみ景気」も素通りしました。それこそ、「常時、不況」だった、し、今も、そうです。でも、テレビが映し出す都会の地獄絵よりも、状況はよほどマシのように思います。

★ 何か、まだホンワカした生活のゆとりがあります。オカネはありません。しかし、生活の中身は貧しくはありません。今年の年末、地元産の餅米で搗いたお餅や野菜が全部、品切れになりました。ただ愚直に先祖伝来の田畑を守って来た「後期高齢者」たちの生活は"五穀豊穣"と共にありました。

★ 我が家も、新年の野菜の一部は、箱庭畑で栽培した自給自足でした。土にタネを蒔けば太陽と水が育ててくれます。オカネで買えない新鮮さと濃い味。オカネを求めて"急ぎ生きる"生活を捨てて、大地に足を降ろして脚下を照顧すれば暮らしの豊穣さが至るところにある。それが、後期高齢者が営んでいる過疎の生活です。

★ その生活に全身、浸りながら、私は、最近、大学に入ったばかりに聞いた経済学の講義を思い起こしています。「経済事象の概念化で、重要な手続きは抽出された諸表象以外の表象を考察の対象から切り捨てること」
その具体的練習を幾つもしました。

★ 例えば、野菜の生産。お百姓さんが大規模農園で栽培し、集荷組合経由で市場に出荷した農作物は"農産物"だが、個々人が庭の日曜農園で楽しみ、自給自足しているものは"農産物"とは言わず、その生産高は"農産物"には含めない。これが《捨象》

★ 現在の国家経済、国際経済は、多くのモノ、サービスを捨象しています。家庭菜園、台所を開放し合っての料理の交換、隣近所の相互扶助・・・とにかくオカネが動き、オカネで計量出来るものが経済学の対象ですが、オカネが動かないモノのやりとり、サービスの交換は経済学の対象外になっています。

★ つらつら思うに、この過疎地に住む私の生活・・・「常時、不況」を感じるのはオカネが回って来ない時だけ。それを痛感するのは、税金や健保、固定資産税、介護保険などの保険料を支払うとき。自分の生活にはさほどオカネは要りません。国家、社会が"捨象"した友誼が取り持つ助け合いや自給自足のモノ確保。住民相互の助け合いこそ生活を豊かにする根元であることを思います。

★ 年金生活とは何か? 私は、常に、「それは、托鉢の身」と申し上げておりますが、年金生活を如何に豊かにするかは、オカネを求めて忙しく生きるのではなく、大地に足を降ろしてご近所と助け合う。五穀豊穣足下にあり、の観念にこそある、と信じます。

★ 人より企業がご大切・・・・イヤな論理です。昭和ヒトケタ人間は、それで地獄の底の苦しみを舐めました。個人より国家優先。滅私奉公・・・”私”無くして何の国家・社会でしょう。おかしいですね。 
 「国敗れて山河あり」・・・・皆さん、いいチャンスです。杜甫の真実に学びましょう。

★ 企業にぶら下がって生きる”忙しい”滅私奉公産業社会から足を洗って、田舎で生活再建されては如何でしょう。大地に足を降ろして脚下を照顧すれば暮らしの豊穣さが至るところにある。それは、都会生活を捨てて20年、過疎の田舎に住み着いた傘寿老人が自らの体験で証言します。
 それは、忙しい産業社会から離脱した≪素晴らしい”捨象”人生≫でした。

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更新日:2009年1月3日 22時48分

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2009年 01月

【9006】  ルイ・ブライユ生誕200年 [2009-01-05 21:49 by zenmz]
【9005】  親子で夢見る初夢・・・”農の心”で大言壮語 [2009-01-05 05:50]
【9004】  大地と暮らす”捨象”人生へのご招待 [2009-01-04 00:07 ]
【9003】  宇宙ロマン開幕の”IYA2009” [2009-01-03 00:00]
【9002】  童謡「1月1日」への想い [2009-01-01 23:09]
【9001】  謹賀新年 ・・・ 2009年への初夢  [2009-01-01 07:34]

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更新日:2009年1月3日 11時16分

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コメント 2009/01/03

          《宇宙ロマン開幕の”IYA2009” 》へのコメント

◎ 淡水さん  2009年01月03日 01時12分
 宗教の原理主義。歴史的には有る必要や必然を担い、登場した。そして或る期間を納め、その役割を果たした。既に次の時代に向かっているのだけれど、数百年の歳月を経て尚もせめぎ合いは続いている。広大な宇宙の法則に則って生きれば良いのだけれど

◎ 甘栗さん 2009年01月03日 07時28分
 ガリレオは400年後、人類が宇宙に飛び立つことを予想したでしょうか・・月に到達したことはもちろん・・いまや宇宙船外活動も出来る時代・・実にロマンのある話です。
日本人も続々と宇宙船に乗り込んで活躍しています・・誇りです。

◎ キンさん 2009年01月03日 08時00分
 未来の宇宙旅行はロケットではなく、エレベータで天に昇ることになるようです。
そうなったら、もっと低コストで宇宙にいけるようになるので、無重力での科学実験がやりやすくなって、未知の発見が加速されそうですね。日記に宇宙エレベータについての説明を載せてみました。もし、ご興味があればご覧ください。

◎ 生茶さん 2009年01月03日 08時24分
 人間のDNAには遠いところに憧れる気概が盛り込まれているそうです。禅三さんの空と海への憧れも本能かもしれませんね(*^。^*)  私も空の彼方への憧憬(本能?)は強い。
できれば宇宙から地球を見てみたい\(~o~)/

◎ いとうちゃんさん 2009年01月03日 10時04分
 「細胞壁」のお話は「種」の根本的な思考の問題で興味深いものですね。宇宙空間での実験が楽しみです。ローマ法王の思考転換は遅きに失する感はありますが、宗教家達が既存観念から離れる必要性を顕している出来事かもしれませんね。

◎ ペコちゃん(小さい頃から)さん 2009年01月03日 12時58分
 オランダで発明された遠めがねを改良した天体望遠鏡をガリレオ・ガリレイが完成させて400年になるのを記念し、国連や国際天文学連合が定めた「世界天文年」。
 今年は7月22日に最高の天文ショー日食が日本全土で見られるとの事、ガリレオの地動説の正しさを改めて是非味わいたいと願っている一人です。

◎ キノコさん 2009年01月03日 13時34分
 宇宙の事を考えると頭がこんがらがってしまいます。宇宙を覗けたら少しは分かるのかなと思います。

◎ ふーちぃんさん  2009年01月03日 18時41分
 夜空の星は惑星、恒星、人工衛星ー。ながめているだけで、その中に身をゆだね、一人無心になれる世界です。科学の発達で宇宙旅行も夢ではなくなり生活は豊かになりました。 7月にはトカラ諸島で皆既日食、各地でも部分食が見られるとか。ホットニュース。良き年になるよう期待したいですね。

◎ ごろごろさん 2009年01月03日 20時20分
 バチカンも、ひつこかったですね。400年も認めてなかったのですか。その間にどれほどの科学者が苦労をしたか、考えたらあほらしくなります。だから宗教は政治にも口出しをしてはいけないのです。

◎ ぷくぷく~ぽよぽよさん 2009年01月03日 21時44分
 遡って読んだ日記に、「ともかく、やってみる」と云うものがあり嬉しくてコメントしています。毎日、禅三さんの理知的な記事に魅了されていました。私とは全くレベルの違う世界の方なのでコメントなどオコガマシイと思いますが、「ともかく、やってみる」・・・これは私です。
ただ、考えるのが面倒、考えが浅い、物事を深く考えない人・・・などあまりいいイメージではありませんでしたが、チョット感激しました。

◎ whitesocks 2009/01/03(土) 22:19 
私も星空を眺め、宇宙の話の聞く(読む)ことが大好きな人間です。
ネットでハッブル宇宙望遠鏡が捉えた写真の数々に見入ったり、MITAKA(国立天文台製作の宇宙ビューアー)で惑星の動きをシミュレーションしたり…楽しんでいます。
 しかし矛盾がありますが、国際宇宙ステーション(ISS)は、その莫大な費用に見合う効果が果たしてあるのかはなはだ疑問です。年5,600億、累積6000億といわれる費用は“夢やロマン”を追うには高すぎます。しかもISSの寿命は10年、長くて15年だそうです。(いつから10年、15年なのか分かりませんが)
 日本人初の宇宙飛行士、毛利さんが子供たちの質問に答えていました。宇宙開発は第二の地球を作るために必要だと。しかし現実には火星はおろか月にさえ住めるようになるとは思えません。 砂漠の緑化や海洋開発によって、人間が住める環境をこの地球上に増やすほうが、実現の可能性が高いと思います。

◎ ヨウさん 2009年01月04日 00時47分
 宇宙は137億年前にビッグバンにより誕生したといわれます。誕生のきっかけになったのは素粒子のある偶然的な動きによりとてつもなく大きな温度とエネルギーが発生しその後徐徐に冷えていったのが現在の宇宙の状態だとか・・人類も偶然の産物なのか 宇宙、夜空を見上げながら去来するものは 命、自然、文化 人類の進歩も偶然から引き起こされた必然の姿なのかもしれないと・・あらぬ思いに囚われてしまうのでした。 深い洞察に思わず読み進んでしまいました。ファンの一人としてこれからもよろしくお願いします。


★ 銭本三千年 2009/01/03(土) 23:47 
 みなさん、お正月にふさわしい、夢いっぱいのコメントをありがとうございました。
  あけましておめでとうございます。夜空の星は本当に心身の癒やしそのものです。久遠の彼方に目を凝らすだけで気分壮大、物事の発想が広がります。

 whitesocksさんから、国際宇宙ステーション(ISS)の経済効果についてご指摘がありました。多分、ゼニカネ勘定をし始めたら仰る通りの心配が次々と出てまいりますね。
 しかし、私は、やはり夢の世界は経済効果には関係ないように思います。それだけの経済力がある時に、あるだけの夢を育ませる。
 その結果、何が人類社会の福祉のために生み出されるか? 未知の世界の探検にはその成果の保証はありません。 しかし、ひょうたんからコマを期待するのが夢の世界ですね。夢みるときは、やはり大らかに夢みた方がいいように私は思います。
 まあ、われわれ庶民は、出来るだけ囚われのない自由奔放な夢見を楽しみたいものです。



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作者:zenmz

更新日:2009年1月2日 23時56分

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【9003】  宇宙ロマン開幕の”IYA2009”

◎ 今年の新年ほど重苦しく明けた年は、近年、ありませんでしたね。しかし、ことしは、全世界が一致して取り組む「国際天文年」(IYA2009)です。ガリレオ・ガリレイが初めて望遠鏡を使って宇宙観測を初めてからちょうど400年目。公式サイト[IAU](国際天文学連合)は、こう呼びかけています。 「宇宙はあなた自身が発見するためのものです」

         ---- 宇宙が拓く人類の福祉 ----

◎ 「一握りの学者だけのものではありません。大宇宙はあなたのものです」。 恒星、惑星、小惑星・・・すべての天体の命名権を持っている権威ある[IAU](国際天文学連合)は、何度も、「国際天文年」(IYA2009)の意味をこう繰り返して、世界中にアピールしています。 「宇宙はあなた自身が発見するためのものです」  【日本語ページ】

◎ ホームページで、国際共同研究レベルでチェックしてみても、この1年間の計画は膨大です。そのすべてが未知なる世界への挑戦。一体、日本は、その中で何をするのか? 調べてみました。が、これまた膨大。やっと辿り着いたのが、国際宇宙ステーションに取り付けられた日本の実験棟「きぼう」 ここの「第一期利用テーマ」がかなり詳しく出ています。

◎ 研究テーマは、素材に関する基礎的な物理現象の物質科学分野と生命現象に関わる遺伝子やタンパク質の宇宙環境の影響に大別されます。専門知識がないと、分からない高度の学問領域ですが、中でも一つ、面白い研究を見つけました。

植物を材料にして、重力が無い環境で重力屈性や重力変化に依存した細胞壁強度がどの様に変化するのかを、遺伝子やタンパク質の働きについて解析し、植物の形態の形成やライフサイクルへの微小重力影響に関する知見を得る。
◎ ちょっとわかりにくいですね。ポイントは「細胞壁」 生野菜を食べると、「パリッ、パリッ」と、音が出てかみ砕きますね。これは、植物細胞を取り囲んでいる「細胞壁」を壊しているからです。一体、植物の「細胞壁」とは何か? 動物には無いのに何故、植物だけ? いろいろと疑問が出てきます。科学の始まりです。

◎ 動物には「骨」があります。しかし植物には骨がない。体重を支えるのに織りなしているのが「細胞のモザイク壁」 元はと言えば5億年前に海中から陸に上がった植物が海水の浮力を失い、自分の体重を支えるために自然適応に創り出した構築物だったのですね。

◎ ならば・・・と、宇宙時代の科学者は考えました。重力のない宇宙空間で栽培すれば、「細胞壁」はどう変化するのか? 「細胞壁」の仕組みが解明されると、植物の品種改良は飛躍的に進む可能性があるのだそうです。

◎ コメに応用すれば、味のいいコメ改良や、バイオエタノール用稲藁大量生産品種も開発可能とか・・・。この他、日本人初のママさん宇宙飛行士のスペースシャトル搭乗や東北大チーム開発のスプライト観測衛星打ち上げ(来年1月)など、宇宙ロマンは不況風など吹っ飛ばしてしまいます。

           --- 頑迷な宗教に勝利した科学 ---

★ ところで・・・「宇宙はあなた自身が発見するためのものです」とのアピールは、非常に重大な意味を持っています。 昨年のクリスマスを前に、ローマ法王ベネディクト16世は、ローマ法王庁 (バチカン)で信者らを前に「ガリレオ・ガリレイ の研究は(キリスト教の)信仰に反していなかった」 と述べて、ガリレオの地動説をやっと、公式に認めたのです。

★ 今から376年前の1633年 バチカンは、地動説は神を冒涜するものとして有罪判決を下して終身刑を言い渡しました。その後の学問の進歩が地動説を揺るぎない真実と証明し、一般常識化した後も、頑なにその判決の過ちを認めませんでした。

★ ”Pope praises Galileo's astronomy”(法王はガリレオ天文学を賞賛した)・・・このタイトルで、この”画期的な出来事”を報道したBBC放送を私は、感慨深く受け止めました。正に科学が頑迷な宗教に勝利した瞬間でありました。

★ それと言うのも、皆さん、覚えておられるでしょうか。ちょうど1年前のこと。イタリア・ローマ大学サピエンツァ校で発生した学生たちの法王ボイコット事件を・・・。
2008年1月16日、学生たちは翌日に予定されていたローマ法王の演説を拒否し、一大反対デモを展開しました。法王がガリレオ裁判について「妥当で正当な判決だった」と容認する発言をしたことに対する抗議でした。

★ ガリレオが望遠鏡を空にむけてから400年。全世界の科学者が宇宙に目を向けました。 キリスト教本山が、やっと科学の真実を受け入れた・・・その意味は、重要ですね。人間がこねくり回した観念。宗教イデオロギーは人間の我執でしかないことを如実に物語る好例であります。その意味は決して小さくはありません。熟考したいものですね。

★ これより先、私たちは、”さかしら”が「神」を持ち出し、口先で練り上げた観念・イデオロギーに縛られることなく、自由な目を向けることが出来ます。これは、ガリレオの遺体から取り出したガリレオの右手の中指です。大宇宙は、今、”神の呪縛”から解放されてガリレオが指さす方向にあります。

          ---- 心身を癒やす星の燦めき ----

◎ 久遠なる未来社会への想い・・・ことしは一つ、夜空の星に、ロマンの時を過ごす時間をたっぷり持ちたいものですね。 「国際天文年」(IYA2009)の世界の人々に呼びかけているアピール。 「宇宙は、あなた自身が発見するためのものです」 いいですねぇ、私は、このアピールに強く共感するものを感じています。

◎ それと言うのも、私は海と空が大好きなのです。身体や気持ちが疲れると、すべてを投げ出して、夜空の星を眺めて来ました。深夜、漆黒の天空。ジッと久遠の彼方に目を凝らしていると、次々と新しい星が姿を現して夜空を埋め尽くします。やがて、私を中心に大回転を始めます。壮大な宇宙のドラマ。これに勝る感動はありません。世界の人々と共に宇宙を眺めて、壮大なロマンを共有して参りたいと思っています。

           ==== いただいたコメント  ====

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更新日:2009年1月2日 23時15分

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コメント 2009/01/02

          ≪童謡「1月1日」への想い≫ へのコメント

◎ ペコちゃん(小さい頃から)さん 2009年01月02日 02時02分
「1月1日」と、云う題名だったのですね。何気なく耳にした、そしてたまに歌っている
この歌・・・でしたが、HPで詳細をお教え頂き改めて感謝です。どうぞご健康に恵まれた良いお年をお迎え下さいませ。

◎ 甘栗さん 2009年01月02日 05時39分
 大賛成です・・・歌をなくすなんてとんでもない・・・ ほかの歌も同様です。良い歌は残してほしいし、残ってほしい・・・ 文部省唱歌は大好きです  僕は”椰子の実”が大好き・・・島崎藤村の詩が胸を打ちます

◎ ごろごろさん 2009年01月02日 07時34分
 後期高齢者でなくとも好きです大いに唄いましょう。

◎ リフイ 2009/01/02(金) 01:34
 私も歌は大好きでこの歌は幼少期によく歌いました。
昔から親しまれている歌はメロディーも詩も本当に素晴らしいですね。小学校の卒業式の歌「歳月巡りて今ここに・・・」この二つの曲は小学校時代の思い出の代表曲です。
どうして日本はこんな素晴らしい歌がいつの間にか無くなってしまうのでしょう!悲しい事です。

◎ キンさん 2009年01月02日 08時38分
 日本人が「国」としての日本を意識したのは明治になってからで、「文部省唱歌」というのも国づくり、国民づくり、のプロセスの一つであったのですね。
建国の理念という原点に返る事が、教育のありかたを定めるスタートラインだと思います。今の文部省はいたづらに、「ゆとり」「国際化」、その度に軸がぶれているようにみえます。

◎ yoko  2009/01/02(金) 08:30 
 童謡「1月1日」への想いを聴かせて頂き有り難うございます。 作詞作曲者のことも知りませんでした。最近はほとんど歌われなくなってしまったように思います。 でもやはり昔からのいい歌は後世に歌い継いでゆきたいですね。

◎ 歩喜人さん 2009年01月02日 10時12分
おめでとうございます。日記あり難く見させてもらっています。
正月よりこちらに入れてもらいました。よろしくお願いします。

◎ 淡水さん  2009年01月02日 10時40分
 自己の認識を行う際に、他の国へ不要な遠慮をしたり、民族の魂を忘れた言動があることは悲しむべきことと思います。 自分の親、自分の国、これを否定してしまうと、過去、今、未来の自分は存在しません。一体何処の誰に遠慮しなきゃいけないのでしょうか?
何時も貴重なご意見ありがとうございます。

◎ のぶさん 2009年01月02日 11時19分
 お正月には欠かせない歌ですが、このように詳しく解説を聞いたことはありませんでした。
もっとも、そのような難しい解説がなくても自然にお正月の喜びを理解させるのがこの歌なのでしょうけれど。 今年も 色々学ばせてください。

◎ 笑い翡翠 2009/01/02(金) 11:28

>今、一部に、この童謡を抹殺する主張があります。天皇讃歌だからイケナイ、とか。

 正月早々過激な言葉で恐縮ですが、こんな意見を吐く輩には「バカも休み休み言え!」と言いたい気もちです。私は、現在の教育の乱れの原因の一つは幼児期に子供達が童謡を歌わなくなったからだと考えています。
 童謡には日本の言葉の豊かさ・美しさ、万物を見る目の優しさ、メロディの温かさなど、情操教育に無くてはならぬものが散りばめられています。CMに代表される、チャカチャカした落ち着きの無い音楽ばかりに親しんでいれば、幼児の豊かな情操も育まれないでしょう。
 殺伐とした世の中を正すためには先ず、幼児期に日本古来の多くの童謡に親しませることと信じて疑いません。  

◎ さくらさん 2009年01月02日 12時22分
 ブログもまだ少しですが、拝見させていただきました。教えていただける事がたくさんあって惹きつけられます。これからもよろしくお願いします。

◎ キノコさん 2009年01月02日 13時17分
 新年おめでとうございます!
 慣れ親しんでいたお正月の歌の作詞家、作曲家、始めて知りました。ありがとうございます!
この歌が今批判されていることも始めて知りました。しかしお正月のこの歌近年はほとんど耳にしなくなったな~と思っておりましたところです。
 童謡には昔の生活ぶりが沢山歌われていて、昔の質素で暖かい家族の有り方が歌詞に込められていて、それらは忘れてはならないもの日本人の心だと私は思うのです!教育現場だけでなく、影響の大きいテレビでも常に流されて欲しいくらいです。
 話は飛びますが、日の丸の国旗が教育現場では問題にされてきました。この事も私には理解できない事です。日の丸、君が代が天皇崇拝に繋がるので反対なら、反対のようにそれに代わる物へとなることもなく、ただ反対、それではこの国への思い、愛国心を育てる教育等出来無いものと私は思っています(短絡的過ぎますが・・・) 今年もどうぞ宜しくお願い申し上げます!

◎ リオンさん 2009年01月02日 17時11分
 良いお話に触れさせていただきました。
 年々お正月らしさというものが無くなって行く日本に寂しさを感じております。何かについけて、「カシコイ」集団は、非難否定される事が多いのですが、その方々にお聞きしたいですね・・・。日本人としての誇りは?日本の良さは? どう、お答えになるのでしょうか。。
 モーツアルトの曲はとんでもない詩があると聴いた事がありますが、今でも多くの人に愛されています。日本の動揺も同じように考えていただけないものでしょうか。。。心に残る歌、曲はひとつの芸術作品として見て頂いて後世に引き継いでいってもらいたいものです。
歌と共に文化も同様に。

◎ ぱそじーさん 2009年01月02日 18時45分
 お陰様で、童謡「1月1日」を唱和して、新年を心から素直に祝っていた幼き良き時代を改めて思い出しました。 そして、作詞者、作曲者、出雲大社との関わり等、貴重な史実を教えていただき有難うございました。 本年もご活躍を期待いたしております。

◎ はやま海人さん 2009年01月02日 18時50分
 とても深く読ませていただきました。日々「ありがとうございます」の心で謙虚に生きたいと思います。今後ともよろしくお願いいたします。

◎ じじいくちやんさん 2009年01月02日 17時05分
 今年も平穏に明けましたしかし注連縄の飾った家の少なくなったこと残念至極です廃れ行く日本の恒例残念でなりません教育の根本をモット考えて行くときが来たのではないでしょうか

◎  スミレ  2009年01月03日 21時42分
おめでとうございます。 今年もいろんなこと勉強させていただきます。
童謡は本当にいいものです。 孫が歌い・92歳の母も歌い・合わせて私も歌う。
子供の頃に覚えた童謡は決して忘れることはありません。
ふるさと・あかとんぼ・・・・。
歌詞を聞くと情景が浮かんできます。(若い世代はどうでしょうか?)
メロディーも心にしみます。
ずっとずっと歌い続けて欲しいものです。孫と母と一緒に歌います。


★ 銭本三千年 009/01/02(金) 12:56
 皆さん、新年早々に、私の「小学校唱歌考」に多数のご賛同いただきありがとうございます。
馬齢を重ねるに連れ想いは母国語やわらべ歌など民族の心の故郷への回帰を強めます。今年のお正月、傘寿を迎えるに当たり、オルガンで童話演奏を始める衝動に駆られたのもトシを重ねたセイでしょう。

 童謡は何百年も歌い継がれて来ました。当然、その時代時代を反映しています。近代国家誕生と共に始まった国民すべてを対象にした学校普通教育。その中に組み込まれた「小学校唱歌」は100年歌われて来ました。戦争の時代も、平和な時代も、通り過ぎてきました。時代の変化とともに”カシコイ”人が異を唱えることも多くなりました。

 しかし、トシヨリの耳には、イデオロギーなどおぞましい観念妖怪の"さかしら”は気にならなくなりました。これまた馬齢が防波堤になっています。民族の魂にしみこんで変わらぬものこそ大切です。自然に口ずさむその調べこそ大事です。

 トシ相応に老いること。それもいいこと。本当に宝とすべきものが透視できるようになります。名利を捨てれば、捨てるほどよく見えてまいります。天の摂理・・ありがたいことです。 この先も、年頭の所感で申し上げました通り、《子ども時代に育まれた魂のふるさと「小学校唱歌」を学び直す》 ことにします。 
 我が傘寿には、心に甦る調べを求めて、オルガンで演奏してまいりたいと思います。


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更新日:2009年1月2日 8時40分

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コメント 2009/01/02

               【童謡「1月1日」への想い】へのコメント

◎ ペコちゃん(小さい頃から)さん 2009年01月02日 02時02分   
「1月1日」と、云う題名だったのですね。何気なく耳にした、そしてたまに歌っているこの歌・・・でしたが、HPで詳細をお教え頂き改めて感謝です。どうぞご健康に恵まれた良いお年をお迎え下さいませ。

◎ 甘栗さん 2009年01月02日 05時39分
 大賛成です・・・歌をなくすなんてとんでもない・・・
ほかの歌も同様です。良い歌は残してほしいし、残ってほしい・・・
 文部省唱歌は大好きです  僕は”椰子の実”が大好き・・・島崎藤村の詩が胸を打ちます

◎ ごろごろさん 2009年01月02日 07時34分
 後期高齢者でなくとも好きです大いに唄いましょう。

◎ リフイ 2009/01/02(金) 01:34
 私も歌は大好きでこの歌は幼少期によく歌いました。
 昔から親しまれている歌はメロディーも詩も本当に素晴らしいですね。小学校の卒業式の歌「歳月巡りて今ここに・・・」この二つの曲は小学校時代の思い出の代表曲です。 どうして日本はこんな素晴らしい歌がいつの間にか無くなってしまうのでしょう!悲しい事です。



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更新日:2009年1月2日 8時28分

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【9002】 童謡「1月1日」への想い

★ お正月って何? そう問われて、何と、お答えになるでしょう。
 とっさに、そんな質問を浴びせかけられても、直ぐお答えになれる方も、そうあるまい、と思います。「1月1日のこと」では、同義反復、で、味も素っ気もありません。

★ とにかく、日本民族が大移動する、1年中で一番、重大なイベントです。ならば、その「お正月って何?」 この問いかけは立派に、社会的意味を持つ設問と言わねばなりません。

★ 今から100年以上も前の明治26年(1893) 子どもたちにお正月の意味を心に植え付けようと腐心していた教育者たちは偉かったですね。「1月1日」という表題童謡を創って、全国の小学校で教える「文部省唱歌」として定めました。

★ すべての国民が尋常小学校に就学する・・・つまり6年生の義務教育が完全に実施されたのはそれから7年後の明治33年(1900)のこと。未だ小学校教育の基礎作りの段階で、これを(いちげついちじつ)と読ませて、子どもたちに与えた歌は次の通りでした。

♪ 年のはじめの 例(ためし)とて 終りなき世の めでたさを ♪
♪ 松竹たてて 門ごとに 祝う今日こそ 楽しけれ        ♪
★ 以来、108年間もの長きに亘って、学校や家庭、地域で歌い継がれて来ました。口ずさむだけで民族の魂に刻み込まれた表徴が実体を整えて”お正月”イメージを描き出します。昭和ヒトケタ生まれは、今年、全員、「後期高齢者」に包み込まれますが、そのトシヨリ群と21世紀生まれの子どもたちが一緒にうたって違和感のない”お正月”イメージ・・・
何という素晴らしい歌ではありませんか。

★ この歌の作詞者は「千家尊福」(せんげたかとみ)氏。元出雲大社宮司、貴族院議員や静岡・埼玉・東京の各知事をはじめ、司法大臣などを歴任した政治家でもあった著名な方です。出雲大社には、この唱歌「一月一日」の歌詞を刻んだ詩碑があります。

★ 作曲者は上真行(うえさねみち)氏。宮内省の雅楽長で、このメロディーは純日本製。正式には「小学校祝日大祭歌詞並楽譜」の中で公表されました。歌詞はそして千家氏の作詞と合わせて、2年後の明治28(1895)年から唱歌「一月一日」として元旦拝賀式の奉唱歌と定められ、以来、小学生達のお正月の愛唱歌になりました。

★ 国民の慶事として、お正月をこのように歌いあげ、幾世代も歌い継いできた例が、他国にあるでしょうか? 私自身は、聞いたことがありません。ところが、今、一部に、この童謡を抹殺する主張があります。天皇讃歌だからイケナイ、とか。

★ 愚かなことです。これを口ずさむ人に、どんなイデオロギーがあると仰るのでしょう。自ら勝手に肥大化させた観念を転がして、人々の心の世界を攪乱するのは止めて欲しいですね。特に「後期高齢者」は、この歌、大好きです。どうか、お構いなく。大らかに歌わせてください。

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更新日:2009年1月1日 23時10分

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コメント 2009/01/01

謹賀新年 ・・・ 2009年への初夢 へのコメント

◎ hiromaru 2009/01/01(木) 04:24
 この欄でご年賀申し上げてよいのかどうか判りませんが、何とか年内にと思っておりましたものが、下書きに時間をとられ、今にずれ込んでしまいました。
 明けましておめでとうございます。
 本年も貴方様の御記載を感銘をもって楽しませていただきたく、どうぞよろしくお願い申し上げます。 昨年の9月以来、お伝えしたいことが次から次へと山積していく一方で、思うように指がついていかず、とうとう年が明けてしまいました。
 取り敢えず心に引っ掛かったままのテーマの項目だけでもお伝え致したいと思い、やっとの休暇に両の人差し指を動かしています。

 # ギッシングのこと
 ギッシングの名を貴方のブログに見出した時、それが小生のかっての予備校時代に教材として始めて英文学に接した”蜘蛛の巣の家”の著者ジョージ・ギッシングの事であるとは思いもよりませんでした、 やはり、それまで頑なな軍国少年であった小生にとっては、苦手な馴染めない外国文学に接したのが旧制中学最後の4年生の時でありました。
 それ以後、見知らぬイギリスの田園風景を想像する度にギッシングの世界が付きまとうようになっていたのでした。
 懐かしさのあまり、新宿の紀伊国屋へ懐かしい岩波文庫を求めに参りました。
 『ヘンリー・ライクロフトの私記』は、1961年以来45刷の刊行があるのに対し、『蜘蛛の巣の家』は在庫がなく、発注して後日手に入れた文庫本は、1946年の発刊以来わずかに3刷の発刊のみでありました。
 60年余りの時の流れに感無量なものがありました。
 今年は一年がかりでの読書になるのでしょうか・・・・。

 そのほか、
 # イリイチの脱病院化と訪問診療の話とか、
 # 新聞の読み方と認知療法との関連とか
 # 高齢者にとってのクリスマスとは?とか、
 # double negative healthと positive health と stress managemennt ・・とか 
 # 拡張型心筋症と残された時間について・・・
 などなど、また折りあらば申し上げたく存じております。何とぞよろしくお願い申しあげます。

★ 銭本三千年 2009/01/01 09:30
hiromaruさん
 あけましておめでとうございます。
 私の冗漫な年寄り談義をこれほどまで読み込んで下さっている方があるとは!・・全く思いも致しませんでした。ありがとうございます。新年早々、雷に打たれたような思いがいたしました。 やはりネットは怖いです。改めて身の引き締まる想いがいたします。新年もどうぞよろしくご交誼たまわりますようお願い申し上げます。

◎ ふーちぃんさん 2009年01月01日 08時14分
 明けましておめでとうございます。
 今年もよろしくご指導のほどお願いもうしあげます。
 ご家族皆様のご健康をお祈りいたします。

◎ nemoさん 2009年1月1日 9時45分  謹賀新年  旧年中は大変勉強させていただきました
本年も旧年と相変わりませずご交誼の程宜しくお願い申し上げます
 銭本さんご一家皆様のご健康を心よりお祈り申し上げます

◎ 甘栗さん 2009年01月01日 10時23分
 明けましておめでとうございます
 ニューイヤーズレゾリュウション・・・いいですね  是非達成されることをお祈りいたします
語学も、音楽も脳を活性されるのに十分すぎるほど・・  だんだんIT時代に突入・・僕の頭ではついていけません 2歩も3歩も後を行かないと理解できませんから・・・
本年もどうぞよろしくお願い致します

◎ 髭親父さん 2009年01月01日 10時25分
 新年、賀し奉り候。 今年は、ワープロではなく、逆に自身で書く様に、心がけたいと思ってます。源点に返る。

◎ メダカさん [2009年01月01日 10時31分
 明けましておめでとう御座います。 昨年は色々ご教授ありがとう御座いました。
本年もよろしくお願いいたします。ご健康とご多幸お祈りいたします。

◎ GAKUさん  [削除] 2009年01月01日 10時24分
 明けましておめでとうございます いつもお立ち寄りいただきありがとうございます。
吉備野禅三様にとって輝かしい2009年でありますよう心よりご祈念申し上げます。

◎ shion  2009/01/01(木) 08:09
 穏やかな新年を迎えられたとのことで、明けましておめでとうございます。
2009年が良い年となりますようお祈り致します。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

◎ nnnoriさん 2009年01月01日 11時21分
 賀正 刻々生きて変化します、沈思黙考しても変わり行く中での反省を交えて、現状の捉え方を有りの儘にと思えど、ただ感謝のみが浮かびます。
 遍く人々の今の有り様を知りえないので、唯平和を望むのみ、神仏の存在感を信じ託すのみです、チッポケな存在です、大きな騙しの中に生きて居る様でもあります。

◎ nohri 2009/01/01(木) 11:05
 あけましておめでとうございます。
 今年は、初日の出を拝むこともできました。今年もどうぞ宜しくお願いいたします。

◎ オリーブ 2009/01/01(木) 11:01
 明けましておめでとうございます本年も宜しくお願いいたします

◎ snowさん 2009年01月01日 12時47分
 明けましておめでとうございます。昨年はこの趣味人倶楽部を通じ交流させていただきました。ありがとうございます。今年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

◎ のらさん 2009年01月01日 12時44分
 新しい年・・お健やかに お迎えになられたと思います。 おめでとうございます。いつもお立ち寄りくださり・・とても嬉しく思います。
 毎日 愛犬ピピちゃんと・・・ お散歩・・と言うより・・・ ピピちゃんを従えて・・
野・坂を歩いていらっしゃる 吉備野禅三さん のお姿を・・想像しています。

◎ メダカさん 2009年01月01日 10時31分
 明けましておめでとう御座います。昨年は色々ご教授ありがとう御座いました。
本年もよろしくお願いいたします。
ご健康とご多幸お祈りいたします。

◎ くろねこ太郎さん 2009年01月01日 13時10分
 明けましてお目出度うございます。今年も宜しくお付き合い下さいます様にお願いします。

◎ 正太郎さん 2009年01月01日 13時28分
あけましておめでとうございます。 今年も良い年でありますよう心よりお祈り申し上げます。
今年も宜しくお願い致します

◎ パステルさん 2009年01月01日 13時27分  
 明けましておめでとうございます。 ブログ素晴らしいですね。よろしくお願い致します。

◎ くろねこ太郎さん 2009年01月01日 13時10分
 明けましてお目出度うございます。今年も宜しくお付き合い下さいます様にお願いします。

◎ のぶさん  2009年01月01日 13時36分
 明けましておめでとうございます。 吉備野禅三さんからお立ち寄りいただいて以来、ブログを楽しみに拝見させていただいております。さすがにプロの方の物の見方、それを表現する文章はちがうなと感心することしきりです。 今年は傘寿とのことあわせておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

◎ Mr吉岡さん 2009年01月01日 14時31分 あけましておめでとうございます。悠々たる隠遁生活、ニックネームからも伺えるようです。新年のご感想はいかがなものでしょうか。 今年はChangeとなるのでしょうか。小生まだまた浮世に浸っています。

◎ 貴撰法師さん 2009年01月01日 14時57分
 、明けましたおめでとうございます。思えば私も同じ数えの傘寿。戦前・戦中・戦後を生き抜いて様々な経験と体験をいたしました。傘寿のロマンですか?良いですね。私には禅三さんのようなロマンはありませんが、余生ではなく人世を楽しみたいと思っています。これからも宜しくお願いします。

◎ 胡蝶蘭さん  2009年01月01日 15時23分
 午前中のご挨拶に 間に合わず 大変失礼を致します事をお許し下さいませ。 新年 明けまして おめでとうございます。本年も 何とぞ 宜しくお願い申し上げます。

◎ ねたろうさん  2009年01月01日 17時19分
 あけましておめでとうございます。今日の日記を拝見し、新たな挑戦目標を立てられて実行しようとされるお姿に尊敬と敬意の念を覚えました。
 小生、数年前に新たな外国語に挑戦しようとしたのですが、儚くもくじけてしまったことを思い出し、吉備野さんの意欲には頭が下がる思いです。携帯電話も11月からようやく使い始めたところで、これも世の中の流れに置き去りにされたくないという思いもありました。
今年も宜しくお願いする次第です。

◎ yoko  2009/01/01(木) 17:45
 ブログタイトルを【傘寿を生きる・・・吉備野禅三のロマン日記】にかえられ、気分も一新なさっての新年のスタート、おめでとうございます。数え、満での二年間の傘寿が輝きに満ちたものでありますよう、お祈り申し上げております。今年もどうぞよろしくお願いします。

◎ hana  2009/01/01(木) 21:19 新年おめでとうございます。【傘寿を生きる・・・吉備野禅三のロマン日記】、いいですね! ますますロマンに満ちたエッセイを楽しみにしております。ご健康とご多幸をお祈り申し上げます。今年もよろしくお願い致します。

◎ whitesocks 2009/01/01(木) 20:31
 今年も日記、ブログを通して、一言でいえば人生とくに余生の生き方といったものをご教授ください。すぐには実践できなくとも、私の心や体の一部に残り、いつか(私の)行動や考え方に現れると思います。よろしくお願いいたします。
 ところで私も、ケータイ電話、この小さいボディに、無線通信、符号化・複号化、かな漢字変換、画像処理、音声処理などなど、さまざまな技術を詰め込んだものと、感心している一人です。かな漢変換などマイクロソフトよりよっぽど“頭”がいいです。というより、マイクロソフト(IME)が頭悪すぎですが。

◎ ヨムテックさん 2009年01月01日 22時45分
 あけましておめでとうございます。喪中で賀状は控えましたが、ネット友には許していただきましょう。吉備野さんの足が地についた夢、揺れ巾のある「チャランポラン」とおっしゃる言葉も深い意味を持つと思います。それに、声をだすこと、うっかりすると1日だれとも話さなかった、そういう日には大声で新聞のヘッドラインを音読します。去年は健康を害して周囲に心配とメイワクをかけましたので、さらに管理をいたします。今年も、ゆかいな吉備野節を楽しみにしております。

◎ NAKAちゃん  2009/01/01(木) 23:43
あけましておめでとうございます。
 78歳の日記には見えませんよ。 私は今月還暦を迎えますが、病気持ちなので長くはと思っています。それでも少し先の目標を持って生きています。 本年もよろしくお願い致します。
 ★ 銭本三千年 2009年01月01日 13時00分 皆様、あけましておめでとうございます。早々にお年賀をいただきましてありがとうございました。とりわけ大先輩のnnnoriさんから賜りました心に沁みる迎春の感動、誠に共感するものがございました。ありがとうございました。新年もなにとぞよろしくご交誼をお願い申し上げます。

作者:zenmz

更新日:2009年1月1日 9時41分

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コメント 2009/01/07

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【9007】  「切手が伝える視覚障害」を読んで

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コメント 2009/01/06

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【9006】  ルイ・ブライユ生誕200年

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コメント 2009/01/05

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【9005】 親子で夢見る初夢・・・”農の心”で大言壮語

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コメント 2009/01/04

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【9004】  大地と暮らす”捨象”人生へのご招待

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過去記事一覧(2009年上期)

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コメント 2009/01/03

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【9003】  宇宙ロマン開幕の”IYA2009”

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【9002】 童謡「1月1日」への想い

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