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T学園の運動場建設
昨日から12月定例議会が始まった。
総務経済委員会では、鎌形地区の山林・荒野・農地といえる土地利用の場に、体育系の専門学校T学園の運動場建設で、本年の3月定例議会より、調査事項になっている。
12万5千㎥の土を盛り、造成する。
この盛土の造成が安全なものかどうかという点で問題になっている。
昨日は委員長の9月定例会以後12月までの委員会の活動報告・その後の質疑で議員のあり方に大丈夫だろうかという不安をもった。
総務経済委員会では、3月定例議会で、T学園の建設する運動場の中に町道があり、園町道廃止でこの問題にぶつかった。
造成に問題がないのかということだ。
そのため、調査事項とした。
堆積される土が土壌汚染されているものであると周囲に影響があるという視点でその不安を防ぐために調査である。
3000平方メートル以下の面積の体積は、嵐山町の環境保全条例が適用できるが、それ以上になると現状では県の残土条例に従うことになる。県の残土条例は、都市計画法・森林法の開発許可は適用除外になる。
そのための不安があり、調査事項とし、11月5日には、あらかじめ質問事項を送りT学園の理事に参考人として委員会に招致し、応えていただいた。
その答えから、県の残土条例と同等の土壌検査を行うということで不安に対応しようとしていることがわかる。
個人の議員としてではなく、議会という公的機関としては、これ以上は難しいのではないかとおもわれる。
が、総務経済委員会外からの議員の質疑は、その事情を詳しく飲み込めていなようで
相手方に対しての不信感からの質疑がある。
議会は、相手方を信頼するという社会的なルールに沿うべきなのではないか。
相手方が以前、刑事事件を冒した、違法な行為を行ったという事実があれば、さらに厳しく相手に応じることを求めることはできるが、それ以上は無理ではないかと考える。
私は、コリンズカントリークラブという山を崩してゴルフ場をつくることに反対することをメインにして議員に当選したものだ。
市民運動として行うときは、裁判闘争を5つ行った。
明らかに調整池の安全性の問題・農薬汚染を証明していくことで争った。
議会は住民運動とは異なる。
というと私は、立場が変わってしまったのだろうかと私を疑うのだが・・・
明らかに不安を立証できるという視点に議会はなく、嵐山町住民のなかに心情的に絶対つくらないでほしいという運動は今ない。
どちらかというと、不信感をもって質疑のための質疑をしてくる議員には、社会的ルールを重んじるて対応するしかないだろう。
作者:shibuya_tomiko
更新日:2008年12月3日 8時20分
診療報酬詐欺
とうとうでたか。
横浜市の診療報酬詐欺(医師の前職業は厚生技官)
6年前の乳がん手術での診療報酬詐欺の被害者集団の刑事告発は不起訴になった。その後、検察審査会に不起訴不当を申し立てているが、音沙汰なし。
病院は、今回の診療報酬詐欺と同じ神奈川県にある。
6年前、患者達がおかしいといって、社会保険庁に交渉にいった。
社会保険庁に問い合わせた患者達が口々に
厚生技官がおかしいのじゃあないか、社会保険庁も知っていて知らないそぶりをする。社会保険庁の役人がしょっちゅう異動している。
厚生技官の医師が不正請求を見逃している。
社会保険庁・厚生省がおかしい!
といった。
医療保険制度を医師が食い物にしている。
とおもうようになったきっかけだ。
本人が捻挫で医療にかかっても、レセプトにどのような医療がほどこされたか、明細がなければ、わからない。
医者は、骨折で医療費の請求していることだって疑われる。
そのことが体験としてわかった。
医療費の不正請求は、介護保険の不正請求と同じように行われているが、
医師不足など深刻さがあって、なかなかメスが入らない。
この背景には、政治家と同じように医師・教師・公務員など社会的に認められ・経済的に豊かな生活保障のある職業を世襲にする土壌になっている。
儲け主義・安全な生活を家族として保障するために、正義感・倫理観/公共性意識がくずれた職業観が家族のなかで培われてきた。
そうして、日本の政治と行政は行われ、金融危機がおこりセイフティネットが崩れてきた。
どうするか。
少なくとも、医療費は明細・受けた治療を細かく記した領収書を発行することが解決の糸口になる。
一番気になるのは、子ども医療費の無料化の窓口払いの撤廃だ。
窓口払いを撤廃しても、レセプトをだすという制度が必要だろう。
そのことで、それぞれがどのような医療を受けたか確認できる。
作者:shibuya_tomiko
更新日:2008年12月1日 9時45分
グローバリズムを脱する論理
今、世界中が困難になってきた原因はアメリカ発の大企業中心のグローバリズム・市場主義の経済に乗っかってきてしまったことによる。
アメリカ発のグローバリズムは、貧困格差で貧しい人のさらに貧しくして、軍隊で仕事をするしか生きる術のない人々を生み出し、その人たちの犠牲のもと石油争奪戦を行っている。富むものは富、貧しいものはますます貧しくなるというシステムのもとになるべくしておきた金融危機。
どうやって、この困難を脱け出すのだろう。
これは、最大の課題だが、いつも小さな事柄によってこの困難さのもとを忘れてしまう生活をする。
昨日、ワーカーズ法の学習会・きょうの小川高校定時制の自主講座(懐かしいなあ・この名称)、ともに地域で必要な経済をつくり、地域で金を回していくことで、
環境破壊を防ぐこと、地域福祉をになう仕事をつくることで、グローバリズムに対抗する生き方を創ろうとしていて、私は久しぶりに細いけれど小さな光を見たような気がした。
「協同組合の協同労働」法制化をめざす市民会議は、地域で必要な仕事を地域でつくるとき法人化の際に必要な税制・社会保障を確立することを法制度化をもとめながら、協同労働をつくっていくことをみんなで考えよう・企業的経済効率だけを求める働き方ではない、人が人らしく生活するために必要なお金をえて、地域にお金を回して、みんなで健康で人間らしい生活をする働き方を考えて広めていこうというグループ。
きょうの小川高校定時制自主講座は、知人の金子美登さんの有機農業の話。
金子さんの野菜1週間に1度届くけれど、多分こんな考え方だろうなというイメージはあっても、金子さんの論理とイメージを総論として聞くのは始めて。
金子さんの有機農業は、1971年の休耕にして補助金をだす制度が始まったとき、おかしい・農民が農業をしなくなる農業政策へのアンチを決意して始めたということだった。有機農業は農薬・化学肥料をつかわないからぼさぼさで汚い足の踏み場もない田畑というイメージをお偉方はもつけれど、有機農業の田畑は生物循環社会を構築していて、機能的で昔の田畑の姿。
それをみると、農水省のお偉方や経済界の偉い人も、近代農業への警鐘として有機農業をほれなおし、有機農業推進を行う。
今は、人間として生き残れるか残れないかの3回目の日本の危機。
日本は切花農業を行っていて、根っこのない産業を創ってしまった。
(これは実感としてみんながもっともっと感じなくてはいけないと私もおもう)
農業の基盤を崩して工業で日本の産業を創ってしまったので、日本は輸入に依存している食糧が、中国・アメリカの近代農業で土壌を破壊されたつけが現象として現れたとき、輸入に頼ることができなくなるともう人間の食べ物を保障することができなくなる。
そのとき、有機農業を確立していれば、何とか生きていける。
1家族5人として、2反部あれば、日本人の食い扶持を養っていける。
まだ、日本にはそれだけの耕地面積がある。
有機農業・バイオマスエネルギーを確立することでそれができていけるのではないか・・・というような展開だった。
有機農業を確立していけば、たしかに食糧は自給できるかもしれない。
だが、農業人口が高齢化していて、もう農業者の半分以上が65歳。
もっと多くの人が農業を行うような政策を展開しようよ。
というメッセージだ。
ちいさな細い光だけれど、なんとか照らし出せるといいなあ。
私の活動に少し方向性をもたせてくれそうな昨日・きょうの時間だった。
作者:shibuya_tomiko
更新日:2008年11月30日 22時9分
国土交通省・交通量減予測
国土交通省の交通量減予測は、当然のことなのだろう。
嵐山町を自転車で動いていると、道路が縦横に走るようになって便利ではある。
そして、人はほとんど歩いていない。
かつての基幹道路は、歩道がなく危険を感じることが多い。
自動車を優先して道作りをした結果だ。
新しい道を作って自動車交通の便を図ることの以前に、人が使っていた道を人が安全に歩けるという視点では見直してこなかったとことに原因がある。
奥深くのほとんどの道も舗装されていて、嵐山町の道で舗装されていない道路はあまりなく、いわゆる赤道という山のなかの道だけになってしまっている。
人口の一極集中で、道路の新設の必要性はうすくなった。
そのかわり安全で快適で、従来の人と人が出会う道が求められていると感じる。
自動車生産も減速している。金融不安もあり、利益が望めないということもあるだろうが、人の生活が変化している。
変化に対応した国の制度づくりが必要ということだ。
そのなかで、健康な人づくりを考えるとき、道の持つ意味は大きい。
国土交通省の町づくり交付金事業を活用して、給食センターをつくったり、中央公民館を改修しなくては、財源不足が補えないという地方と国の財源配分がおかしい。
道路整備の見直しから各省庁独占のゆがみによる予算配分のあり方を見直していく、その方向がほしい。
政治を語る論者はそこまで議論してほしい。
自治体関係者も情報化時代の動きの早さに、政策・事務がついていかない。
基本的な事項に重きをおく基本政策をもたないと時代に流されるだけになる。
作者:shibuya_tomiko
更新日:2008年11月27日 9時16分
議員の委員会すっぽかしの是非
きょうは、議員全員協議会と議会運営委員会。
前回の議会運営委員会で、とある議員が委員会のあることをすっかり忘れていて仕事で、遠隔地に出かけていた。
そのことをきっかけに、議員の議会欠席・委員会欠席・無断欠席についてどう考えていくかということについて協議が始まった。
議員は議員という立場だけで生きているのではないので、致し方ない場合もある。本人が不注意で失念したということもある。
たびたび続く場合は、議長注意が必要だし、更に続くようなら全員協議会で話し合うべきだろう。
1度だけのすっぽかしの場合を、議題のもって行きかたをぼかしながら公的な場で協議することは、議員間での他者排除意識や優越意識を増幅させるので好ましくない。
議員は特殊な人の集まりで、常にお互い牽制しあい、議員間の優劣を感じさせることで、議員間の関係性を保つといういやらしさがある。
仕事組織や、世間一般では、一度の失敗は見逃すというやり方をとる場合もある。
どういうわけか、嵐山町議会はその手法をとらず、無断欠席とか、議会よりも他の事柄をやむをえず選択したという場合、徹底的にその議員個人を攻撃する。
それは、私が新人議員のときは見られなかった現象だが、この数年著しく、いやらしさを感じている。
議員間での序列を意識するとき、自分以外の議員の失敗を激しく攻撃して地位を保つという手法をがしばしば見受けられ、辟易する。
権力闘争のひとつなのだろう。
もうやめてくれよ。
もっと基本的な事柄を議論する議会に変われないかなあ・・・
そして、議員に必要なことは受身ではなく、自分で調査したらっと言いたい。
作者:shibuya_tomiko
更新日:2008年11月25日 20時25分
柿のある風景
今年は、柿が豊作らしく、嵐山町を歩いていると柿がきれいだ。
しだれ柿ともいえるたわわになった木、柿がのれんのように家の周りに干してある風景。
豊かな里が嵐山町にもまだあると感じられ、幸せな気分になりながら歩いた1週間だった。
なるたけ、議会報告を嵐山町全域に配るという目的をもって行動しないと、嵐山町内のすみずみをみるということがない。
市街地は議会報告を配るということが目的だが、鎌形・大蔵・根岸・将軍沢・越畑・吉田・勝田・杉山・古里・遠山という地域は、議会報告を配るという手段で地区を歩きたい。とおもうようになった。
今回も遠山・古里・勝田までは回れそうにない。
時間がかかる。
それでも、その地区の豊かな歴史性を感じることができ、今まで知ろうとしなかった嵐山町があることを改めておもう。
子ども時代からすごしていたら、遠足などで出かけていたのだろうか。
私の子どもたちの学校時代、嵐山町内を遠足で歩いたという機会は少ない。
残念だ。
ほとんど、道路は舗装されているが、それでも、越畑や鎌形地区に、舗装されていない道を見つけるとほっとする。
今年は柿が豊作なので久しぶりに柿を干したという方とお話した。
芋がらが干してある家もある。
柿の皮も干してある。
柿の皮は、たくあんの甘味に使うのだとか。
こういった食の文化を絶やすことなく伝えていくことができるだろうか。
懐かしい光景を大切にしたい。
作者:shibuya_tomiko
更新日:2008年11月24日 19時22分
トーク嵐山 ひとり暮らしの最期は?
11月15日土曜日・トーク嵐山第3回「一人暮らしの最期は?」
参加者8名・講師 井上裕美健康福祉課長・総括支援センター工藤律子さん
シビアなテーマ。どうなるかなあ。
総括支援センターは何でも行政に相談して・なんとかアイデアをだすからという存在なのだけれど、存在そのものがよく知られていないことがわかった。
嵐山町では見守り事業として、新聞が数日分・郵便物が数日分溜まっていたら、新聞配達店と郵便局にとにかく連絡をしてという見守り事業をはじめた。
それは、今年、孤独死の方が発見されたからだという。
行政の見守りの網のなかに入れば、とりあえずは孤独死しても遺体の腐乱状態を避けることはできるらしい。
行政の網の中にとにかく入っていれさえすれば、惨めな腐乱状態にはならない・・・ということは、もっと総括支援センターの出前講座をしたほうがいいということだ。
参加している人から、特定検診の項目の中に自分の得意とすることなどを書くところがあって、実際に得意とすることを生かす場所があるほうがいいという意見がでた。
又別の方からは、「行政に見張られるよりも、外に積極的に出て行って元気にするほうがいい」という意見もでた。
そうだ。一人暮らしの最期は、財産や遺体の処理は血縁だけれど、雑事や普段の生き生きとした活動は地縁だ。
血縁は地縁がしっかりできれいれば、本当に最期になったときに連絡をとってもらえる。
だから、地縁を豊かにするためにはどうすればいいのかという話になってくる。
長い人生のなかで自分の得た知識や経験を生かすための方法が今確立していないといいうことだ。
それは、案外簡単で、ボランティアでの相互関係をつくることなのだろう。
地域通貨に嵐山町でも取り組む時期にきているのかもしれない。
そんな感想をもった。
作者:shibuya_tomiko
更新日:2008年11月17日 20時37分
機能不全国 日本
町を歩いているとあちこちに政党関連のポスターが目立つ。
やれやれと感じるのは麻生さんのポスターだ。
景気対策・・・が出してある。
景気対策・・・何かやろうとしているか??ばら撒き以外のなにかを。
機能不全国家にしたのは、国民が選ぶ政治家によるものだが・・・
選択するにも政治家がまともではないといえないだろうか。
医療・・・医師や看護士を過労死させるなよ。
田母神氏(なぜ、憲法を捻じ曲げて解釈する国家公務員を選んだ??そもそも国家公務員に6300万円もの退職金がなぜ必要なのだ???共済年金以外に、退職金が必要なか。)
公務員の高額退職金で国・自治体が疲弊していくのに、手がつけられない。
給付金・・・税の還付でしかない。
もっと別な景気対策を考えろ。
エコ政策は、経団連・商工会議所で、ちっとも進まない日本。
介護保険は、助かったが労働に従事する人には悲惨。
貧困
希望のない国にしたなあ・・・これは私達大人が悪い。
いまさら・・・・とおもっても
変わるきっかけをつくるにはどうすべきなのか。
と町を歩いている。
作者:shibuya_tomiko
更新日:2008年11月13日 8時56分
麻生政権の定額給付金・ばかばかしい
昨夜、大気と水と大地の会の学習会。
CO2削減策を具体的にどう進めるか、というところまではいかない。
自治体や市民ががんばってがんばってCO2を削減しても、製鉄会社が、削減しなければ、どうにもこうにもならないのだ。
麻生政権は、給付金で2兆円を支出するという。
これからの地球温暖化対策にも何も配慮しない。
私が首相の場合、仮に2兆円を使うなら、CO2削減のための経済対策で、新たな起業・産業をつくる。
小さな事業でも、エコ産業をつくることで、人が雇用でき、エネルギー政策で金が回る政策を作る。
自民党・公明党政権には将来のビジョンもなくただただ、金のばら撒きヲ行う。
痛烈に批判したい。
定額12000円を市民に支給する場合、嵐山町では2億3千万円になる。
この金、ばら撒きではなく、エコ産業を興して人を雇用する形にすると金が回っていく。金が回ると不況から脱するきっかけになるはずだ。
ビジョンのない日本の政府に腹立たしさを感じる。
国に頼っても仕方ない。
小さなことでも市民の力でやるしかないのだろう。
作者:shibuya_tomiko
更新日:2008年11月11日 9時19分
アメリカと・・・
久しぶりにTSUTAYAでDVDを探した。
借りたのがピュアとフリーダムライターズ。
アメリカってこんなに深刻な事態なのだ。
とあらためて、貧困大国アメリカを覗いた。
ピュアはヘロイン漬けになった母親と少年・ヘロインで妊娠した若い女性・ヘロインで母親を殺された幼女(彼女もまた、ヘロイン中毒で生まれてきたのだろう)
その関係のなかで、母親をヘロイン中毒から脱しさせたい少年の決意などから映画が成り立っている。
フリーダムライダーズは、人種差別撤廃の高校に国語教師として就任した女性が。子ども達の受けた傷を子ども達が書くことで成長を促す映画。
銃社会の暴力をこどもが受けていて傷をもったまま人種差別社会で、教育を形式的に授けようとする学校と本気で学習させたい教師との戦いの映画。
たまたま借りた2本のDVDにはオバマ氏が大統領として大差で選ばれたことの背景が凝縮されて描かれている。
私はマケインが大統領では、世界中の混乱が更に続くし、地球の気候変動を抑止する方向にならないと感じとっていた。
だから、オバマ氏が選ばれたことにアメリカの常識を見る思いだ。
そして、おそらく世界中の国のトップはほっとしているのではないだろうか。
市場中心のグローバル化社会から、地域中心の産業に移るきっかけになるのではないか・・・・
黒人がアメリカの大統領に選ばれるというのはそんな選択を多くの人が希望しているからではないか・・・
とおもうのだ。
日本では麻生首相が通訳なしでオバマ氏と話し合ったという報道がされた。
思わず、笑った。
通訳なしで話すことができるよっと語学力のある首相というイメージで報道せよと報道通達があったのかしら・・・・・・
日本はアメリカの英語文化にあこがれ、英語が話せることが得意でうれしいことだ。麻生さんはその象徴的存在か・・・・
もう、そんな文化の創り方はやめようよ。
日本はアメリカに続く貧困大国・大麻汚染も深刻になってきている。
アメリカのまねをすると、日本は人を育てることが難しくなってしまう。
アメリカに依存しない日本を創っていこうよ。
と言いたくなった。
作者:shibuya_tomiko
更新日:2008年11月9日 9時5分
樹木葬学習会
生活クラブ生協埼玉でも、樹木葬に関心のある方がいるらしく、樹木葬実施している千葉県の天徳寺へのツアーが催されていた。そのツアーには参加できなかったが、今回は学習会。
私が今関心のあることのひとつなので参加。
埼玉県にほしいのだけれど、無理だったら、天徳寺にしたいなあ。
人間の骨は土に戻すと13年を目安でなくなるそうだ。
土葬だと30年から50年。
天徳寺の樹木葬は2メートル区画のなかの真ん中に40種目ある樹木のなかから1本を選んで真ん中に植え、周囲1メートルの直径のなかに1メートルの深さで8人分の骨が入るという設計だ。
1メートル掘るのはかなりな作業だ。根っこも張ってるかもしれないし・・・
斜めから掘ったり、根っこを一本切ったりで骨を埋めるということだ。
埋葬許可は宗教法人中心におりるのだから、生協が経営するのは難しいかなあ。
石の墓の文化はそんなに新しいものではないようだ。
かつで、天徳寺のある地域では、40年前までは土葬で、土葬の頭の辺りに椿の木を植えていたとか。なるほど、椿か・・・
檀家の家ではそうしていて、檀家ではなく、その地域からよその土地に移った人で、生まれた地域に墓は持ちたいという人のために、寺が石碑のある墓を用意していた。
そのような墓が50基あるが、もうお参りに来る人もなく、墓は50年たつとなくなるということだ。そうか、土葬で50年たつと、消えるのでそういうものかもしれない。
天徳寺は、樹木葬で1区画65万円で1人分、追加の埋葬ごとに10万円プラス。
桜葬という、桜の周りに集合の埋葬にするときは一人20万円。
これはいいなあ。私は集合葬でなんかの木の周りでいい。
桜でなくてももっと野趣な樹木でいい。
夫は花見が好きなので桜のまわりかなあ。
ペットと一緒に埋葬されたい人には、ペットと一緒埋葬の墓地区画がある。
真剣にペットと一緒に埋葬が可能かどうか質問する人もいた。
樹木葬の費用でインドネシアやアフガンの子ども達の教育費用を基金として集め、そちらのお金にしていく。
これもいいなあ。
東京都も樹木葬の霊園をつくるらしい。
都営の樹木霊園は骨壷に入って収めるらしい。
それでは、なかなか土に戻らない。
私はせめて、樹木の養分にでもなってくれるとありがたいなあ。
そのうち埼玉でもできるかもしらない。
比企地域、埼玉でも便利はいいし、なんとかならないかしら。
死後のことも遺体の処理と骨の処理はやはり自分で考えておかなければこどもに負担がいくなあ。
私の両親は東京のど真ん中に墓をもっているが・・・・
私は土にもどるのでいいなあ。海への散骨はなんだか寒いし。
天徳寺の二神成尊さんのお話は楽しい。
作者:shibuya_tomiko
更新日:2008年11月9日 8時11分
嘉田由紀子さんの思想より
1ヶ月くらい前だったろうか。図書館で、現場生活環境主義というタイトルの岩波ジュニア新書があった。
滋賀県知事の嘉田由紀子さんの思想の紹介だ。
どんな人か知らない。読んでみようと手に取った。
琵琶湖に流れ込み琵琶湖からの水を地域の人が利用する態様から、遠い水・近い水という水と人間生活の環境が描かれている。
現代生活は構造的に水の流れから遠ざかった生活。蛇口をひねれば水が利用でき、排水口から水が家庭生活から去る。
かつて、琵琶湖周辺では、朝は飲み水を汲む時間、昼間は洗いものを流れでする時間と水は、家の周りを流れており、水を利用するルールがあった。
家の敷地内に水の流れが組み込まれていた。
水に近い生活をしていた。
だから、洪水などにも対応できる町づくりを考えることができた。
おもしろい。
嵐山町の上下水道を考えると、嵐山町では上水道は都幾川から取水し、市ノ川が下水の川として機能させ、都幾川の水が減り、市ノ川の水量がある地点から増える都市の構造がどうも不愉快だった。
嘉田さんは水利用の形態をじっくりと調査していくそのなかで、人間の生活文化のあり方を捕らえていくという学者だった。
女性の学者が水の循環を考える思想のなかから県のトップとして政治をになう。
素敵な人だ。女性の政治家の2世議員の存在も目立つ。
学問の構築のなかで政治の動きの必要性を感じた人だ。
少し、嘉田さんの著作を読んでみたいとおもうようになった。
10月30日、母がなくなった。
私は子どもとしての義務を果たしたとほっとしている。
こどもは末の子もそろそろ自立の時期。
親としての責任も終わる。
それなりの解放感がある。
親の看取りのなかで何らかのメッセージが伝わってくると聞いていたが、残念なことに私はセンシティブではないのだろう。メッセージを受け止めることはできなかった。
女性の平均寿命までは私は20数年ある。
そのなかで、私にも嘉田さんのような思想の切り口ができるとよいとおもう。
私の場合は、環境と市民政治がキーワードになって、グローバル化経済に対応する循環型社会を構築する糸口をつくることだ。
着実にできるとよい。
作者:shibuya_tomiko
更新日:2008年11月2日 5時21分
議会改革 一歩前進??
昨日、議会運営委員会と議員全員協議会。
議会運営委員会は、長の専決処分について
毎度毎度のことながら、自治法をはしょって読むとややこしいことになる。
午前中で決定できず、もう一日議会運営委員会を開催することになった。
自治法179条は、議案は必ず議会を開催しなければならないけれど、時間的余裕のない場合は、長が専決してあとで承認をもとめることができる
自治法180条は、軽易なことならば、議会が条例提案して長の専決を委任できる。
全部、長の裁量が時間的余裕のない場合に限れば、ほとんど今は時間的余裕はあるわけだから、よほどのことがない限り、臨時議会を開くことができるので、180条の条例を作る必要ないなあとおもった。裁判の決定や紛争の調停・和解などの場合、議決が必要になってくる。その場合は些細な金額の場合まで、臨時議会を開催されるのは、いやだなあとおもう。
だから、些細なことは長に委任すればよいというところで落ち着きそうだ。
午後の議員全員協議会は、町づくり交付金の勉強会だとおもったが、異なっていた。
19年度決算における町づくり交付金事業の評価をするということだった。
えっ、そうだったの。私は決算書をもってきてないよ。
誰も決算書を持ってきていなかった。
全員協議会で町づくり交付金事業の説明を受けることになったのは、こういうことだ。私は決算議会の前に、決算で議員間の議論をしようという提案のなかで、たとえば町づくり交付金などテーマをきめてといったところ、急には勉強もしていないし無理だと保守系の議員の意見があった。清水議員が町づくり交付金事業もよくわからないから、全員協議会を開催したら、ということになったといういきさつだった。
町づくり交付金事業の19年度決算の評価をするなら、事業をしたところを見に行って本当にこれでよかったのということを評価することになるんだけれど。
そんなことまで議員がする必要はないという議会選出の監査委員のご意見。
決算特別委員会を設置するとことは、普通はやることらしいよ。
町レベルでそこまでやらなくてもいいんじゃないのと保守の長老のご意見
えい・この際だから、言わしてもらおう。
決算特別委員会の委員長をしてみて、総括質疑はほとんど決算審議ではなかった・・・本年度・次年度の事を聞いていたよ。
特に議長経験者の総括が決算審議ではなかった。清水さんは2年間やっていないし、安藤さんは、初めてだから仕方がないかもしれない。
決算の総括にはちょっとしたテクニックが必要だが。
質疑をまとめていて、おもったのはいくつかもう少し議員間で討論したら、決算特別委員会で、長に対して指摘事項として文書でだすことができるものもあるので、そういう議論をしたい。
質疑や総括質疑は議員個人対行政となるが、委員会でやる以上、議会対行政という形を求めていくことが、今議会改革の流れになっている。
地方分権化時代の議会には、議員間の議論で議会の質を高めていくことが求められている。
全員協議会の議員の意見を聞いていると議員間の討論の必要性がわかる議員とわからない議員がいる。
わかる議員は、新人議員と保守ではない議員・保守系の期数の多い議員は、わからない。
議員間の議論よりも保守系だけで話し合ったほうが楽だし彼らの位置が安定する。知らないことも知ったかぶりをできるし、虚勢が通じる。
保守系だけの話し合いだと、自治法を読みこなしていなくても問題点の指摘をうけず、行政から聞いたことだけで、やっていける。
だから、先進事例もないのに、やる必要がない・勉強してからと、議員間の議論をやりたがらない。
先進事例は、どこの議会も自分達で作っていくしかないだろう。
そして、おかしい・やりにくい・民主的でないなら変えていけばいい。
議員は、地域の名誉職の高齢化社会を代表する人が多い。
高齢者が行政をリードし、改革するのは難しい。改革する人は常に若者・よそ者だからだ。
今回は、新人議員のほうからやってもいいという声と勉強してなんていっていてもやってみないとわからないという意見がでて、
おけいことして今決算議会でちょっと話し合ってみたらどうだろうということを次にやってみることになった。
いい方向だとおもう。
議長の方向付けは上手だった。
いろいろ意見のある町づくり交付金ではなく、ボランティアの報償費と委託事業を選択で議論がやりやすい。
ぱちぱち拍手。
地方分権化の議会改革・・どこの議会も未知の改革。
作者:shibuya_tomiko
更新日:2008年10月28日 9時45分
あれこれ通信印刷ミス
私の議会報告の印刷ミスはしょっちゅうだ。
今回の印刷ミスは、住所と電話番号の製版に失敗している。
まいったー。
この失敗ははじめてだ。
全部印刷し終わって、半分に折って、配布するために袋に入れようとおもって気付いた。
いくらなんでも、編集責任の住所と電話番号がわからないのでは、配れない。
アーア。電話番号と住所だけは、何とかしなくては修正を入れているので、いつになったら終わるのか・・・
あれこれ通信は、私だけで作るのではなく、記事のアイデアをいただくひと、イラスト、チェックをする人、配布を手伝っていただく人、ひとつの号をだすのに10人以上の手は入っている。
ありがたいなあといつも感謝。
だが、ミスの多い私には、毎回呆れる。
作者:shibuya_tomiko
更新日:2008年10月26日 22時1分
重松清の描く中学生から
中学生のことをもっと知らなく手はいけないと思ったのは9月5日のトーク嵐山第3回「どうしてる。中学生」のからだ。
重松清を読んでみよう。と思ったのはそれからだ。
いままで読んだこともない人だ。
何冊か読んで、重松清さんは、現代生活で人が傷ついていく過程となんとか回復していく過程を描いている作家なのだということはわかった。
続けて読むと、私には重たいものがある。
小学生・中学生の生活を描いたものを読んでいると、中学生とか小学生とかが、周りのこどもとの関係にあっけらかんとつきあえなくて、人に対してどのように思われるかサービスしながら、気をつかいながら、コミュニケーションしていて、子どものクラスのなかの序列から外れると息苦しい・いじめにあうきつい世界だなあと感じる。
私の子ども時代とは明らかに異なる、私の子育て時代の娘たちはどうだったのだろうかというと、私はそのころ、議員でも訴訟する議員だったので、こどもがどのように学校ですごして何を感じていたのかは知ろうとしていなかった。
女の子3人というのはありがたく、3人で解決していたのだろう。
教師をしていた知人に電話をすると、「よくわかるその世界、でも教師はそのことに気づいていないよ。先生が子どもと関わり始めると話してくれることもあるけれど・
だけれど、学校という小さい世界だけじゃないことやいろんな価値感があることを教えていけば、なんとかなるんじゃないかなあ。」
彼女の家は、夫であるおとうさんが、毎年山に連れていてキャンプ生活が多かったから、その世界をななめに見ることができて、通り過ぎたということかしら。
という話だ。
確かにそうだ。それだけの価値感をもって子どもと接することのできる大人がどのくらいいるかにかかっているように思う。
私は重松清さんの「口笛番長」が気に入った。
子どもの世界の本はそれなりに読んでいるつもりだ。が、重松清さんの子どもの世界の描写はキツイ世界だなあと思った。
まだ読んでいないが、「競争をやめたら学力世界」というフィンランドの学校教育紹介の本がある。北欧には関心がある。
北欧は、情報産業で急成長したといわれているその意味は一体何か・福祉の先進国でもある・格差社会ではない・・・北欧の子達には日本の重ぐるしさはなさそうだ。
総務経済委員会で「情報システム」を課題として調査研究することになった。
嵐山町の予算58億円程度のなかで、6100万円以上が、電算システムにかかる経費だ。が、何がどうなっているのか、このシステムがさっぱりわからない。知識だけは得ようという意味の調査研究になるだろう。
10月22日の第1回目の調査でわかったことは、町は事業者のいいなりにしかできないということだ。
マイクロソフトのシステムを使う電算化システムのなかで、業者はそれぞれのソフトを開発していて、その使用料が専売で高額なのだ。おまけに業者開発のソフトはそれにあうハードを指定するらしく、地方自治体の思うようにはならない。
嵐山町が使うソフトにあうハードは富士通のものらしい。
森喜男が、IT戦略・EJAPANをはじめるとき、なぜ、マイクロソフトのシステムではじめたのだろうか。フィンランドのLYNAXで行うとすべてフリーソフトでソフトの経費はかからず、それぞれの開発したソフトもフリーソフトとして使えたのではなかったのだろうか。
法律が変われば異なるソフトの改正が必要になってくる。
そのたびに電算化企業に経費を支払う。
ソフトは、町の職員では変更できないシステムなのだろう。
自治体連合をつくって広域であるいは、国が独自にソフトを開発して無償提供しろよ。と思わずいいたくなる。
それほど、情報化社会ではシステム開発の会社に自治体はお金を支払っているということだ。
ここまでにした政治家・官僚と企業の癒着はどこであばかれるのだろうか。
中学生の生活の重さは、国の競争原理に依存した資本社会から始まっている。
日本の教育は、資本主義社会の教育だから行き詰っているということだろう。
アメリカと同じだ。
IT社会のなかで、子どもを育てていくのだ。
システムの思想をもう一度考え直す時期に来ているはずだ。
作者:shibuya_tomiko
更新日:2008年10月25日 8時3分