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風のガーデン:サポナリア
「乙女の祈り」を弾く岳と白鳥の先週の場面から:ルイは飛び出す。
岳は「ルイはいつもならこの時間は来ません。」と謝るが、白鳥は「ルイに謝っておいてください。」と言い残してハウスを去る。
・・・サポナリアは薄桃色の花でした・・・
ルイは再びハウスに戻ってくる。岳はいつもどおり庭の手入れ。
ルイ「帰った?もういない?」と岳に聞く、岳はルイが挨拶もなしに出て行ったことについてルイを責める。岳は白鳥をガブリエルだと説明、ルイは羽根が無かったじゃないと疑うが、岳は羽は置いてきた。と語り、岳はルイにガブリエルこと白鳥が語ったことを伝える。ルイはその中の’お父さんはもうじきお母さんたちのところに行く’というところに引っかかる。
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白鳥はマイクロバスでガンの治療を施し、理容室の幼馴染のところに行って荷物の気付をここにしていいかと依頼。そこで「大先生を囲む会をやりたい」という話を聞く。白鳥はそれに誘われる。
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養蜂業を営むガッツの息子のシューに熊の護衛を依頼に来たルイ。シューは「俺が守ってやる!」ともちろん快諾。そしてガーデンの山の中に入っていく二人。そして深く入り込んでいった先は、実はガーデンの裏側だった。そこでキャンピングカーを見つける。ノックしてみるが今は留守のようだ。
お礼にルイはシューの誘っていたバーに行くことを告げる。シューは自分の武勇伝を必死に語るが、ルイは白鳥のことで頭が一杯。シューはいきなり「結婚しよう!」とプロポーズ。思わず笑い出すルイ。
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大先生は大忙し。でも岳は今朝起きたことを懸命に話す。ルイも現れて、ガブリエルについて口論する。大先生はそれを諌めてから、三沢さんが間もなく天に召されることを告げて、ルイに臭いの強い花を届けるように指示する。
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内山看護師がタクシーを飛ばしていた。着いた先は白鳥のマンション。白鳥は東京に戻って荷物の整理をしていた。内山は白鳥が富良野に帰ることを知る。白鳥は内山夫婦に死んだ後のことを頼むが、内山は「やめて!」と言って白鳥の胸にすがる。
白鳥は、ガーデンでの子供達との出会いを面白く話して聞かせる。’岳は音に敏感ではずすと睨んだ’と語る。
白鳥は姉の家を訪問し、「子供って父親に何して欲しいんだろう?」と尋ねる。姉は「一緒にガーデンで働けば」と提案。
荷物を整理する白鳥が手に取った楽譜はショパンのノクターンだった。ノクターンが流れる中、ガーデンで働くルイと岳の映像。そこにキャンピングカーのライトが灯るのをルイは見つける。
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白鳥は東京からの荷物を懸命にキャンピングカーに運んでいた。そこにルイが現れる。車の中に入ろうとするルイに白鳥は汚してるからと理由をつけて、森の中へと誘う。白鳥は「お父さんのこと恨んでいるか?」と聞く、ルイは「恨んでいたけど、時々すごく会いたくなった。」と涙を流す。
そして川沿いを歩きながら、岳のことを話し、このままガブさんで通すか、お父さんだと明かすか悩む。そして結論は’ひと夏、ガブで通す’という。ルイは嘘に付き合うと語る。
そしてルイは祭りの夜に、白鳥に会えなかったことを詫びる。そしてルイは自分の不倫のことを打ち明ける。「私にもお父さんの血が流れているかも」と。おじいちゃんにお父さんが富良野に来ていることを言っていいか聞くが白鳥は黙っていてくれと依頼。あかひげ先生の様子を話して聞かせる。
画面は、往診している大先生に移り、まさに三沢さんが天国に旅立つ場面になる。家族に見守られながら静かに息を引き取った三沢さん。看護師さんと家を出たが、ポンコツ車が動かない。
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その車の中で、大先生は白鳥が富良野に来ていることを、白鳥の歓迎会を企画している友人と花屋が話しているのを店先で知る。家に帰ってうすうすガブリエルが白鳥だと悟った大先生はルイに聞こうとするが思いとどまる。
(つづく)
作者:
更新日:2008年11月20日 21時58分
澄み渡る空
今朝も月が天空に輝き星も瞬くきれいな空。ピリっとした寒さが心地良い。
サッカーはカタールのアウェーながら3-0で勝利。うれしい!
作者:
更新日:2008年11月20日 5時51分
SONGS:槙原敬之
イルカに触れて戯れる槙原の映像からスタート。
まず1曲目は「もう恋なんてしない」1992年の曲。
♪・・・一緒にいるときは窮屈に思えるけど、やっと自由を手に入れた僕はもっと寂しくなった。サヨナラと言った君の気持ちはわからないけど、・・・もし君にひとつだけ強がりを言えるなら、’もう恋なんてしない’なんて言わないよヨ、絶対・・・。 本当に本当にきみが大好きだったから、’もう恋なんてしない’なんて言わないヨ、絶対!
もうすぐ40歳になる槙原が「片思い」の素晴らしさを今になって思うと話、10代20代の人に伝えたい。
2曲目は新曲で「君の後ろ姿」
♪・・・そう僕らは友達少なくとも、君は僕のこともっと思っている。一度も振り返ったことなんて無い君の後姿を見送っている どうしようもないくらい片思いだ。 失うことよりもたったひと言で君を傷つけてしまうことが怖い。~
しながわ水族館に中から、インタビュー。生きものに教わることが多いと、
今月発表したアルバムで、「世界にひとつだけの花」に繋がる曲ができた。
本当の「オンリーワン」の意味を伝えたくて、競争しないということでは無くて、平凡な人でも愛する人の為には非凡な人になれるということ
3曲目はその気持ちを歌った「The Average Man Keeps Walking:平凡な男、歩き続ける」
♪・・・ここだよと手を振る代わりにピカピカに光って見せるよ・・・人ごみにすぐに紛れてしまうだろうけど、かまわないあきれるほど自分を超えることを信じている。・・・どんな生き方をすれば僕も同じように笑えるのだろう・・・それぞれの人生を与えられている何よりの証拠だと思う。
くらげを見つめる槙原、そして「世界に一つだけの花」について年齢と経験を重ねて違うものになっていって生涯を掛けて意味を問いかけていきたい。
4曲目は「世界に一つだけの花」
これはあまりに有名なので、歌詞のメモはしない!
鳥の羽がたくさん舞い降りる演出。
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去年親友を失った。英語の先生であり、くだらないテレビを見る友人で、急に入院し、いきなり管をたくさんつけられていて、あっという間に天国に旅立ったという。
死ぬということを見つめていると生きることを見つめることになる。
最後の曲は「Hey・・・」
♪・・・こんなやつを友達とよんでいてくれたなんて、・・・今頃後悔してるんだ、Hey・・・君は今どんな場所にいて何をしてるの?・・・毎日君の無事を祈ると決めたくせに、疲れたらサボってしまう僕を許してくれるだろうか おととし亡くした僕の犬や伯父さんと一緒に楽しくやって待っててよ。
作者:
更新日:2008年11月19日 22時59分
その時歴史が動いた。王政復古
京都二条城。大政奉還(政権が徳川から朝廷に返された)。
しかし新しい政府の方向性が定まらず、政治空白を生んだ。
その時に活躍した薩摩人三人が西郷隆盛・大久保利通・小松帯刀。
・徳川慶喜を新政府に入れるべきか。
・公家達を入れるべきか。
そんな中、小松が病に倒れる。追い詰められた大久保は軍事クーデターを模索。
慶応三年12月9日が今夜のその時。幕末最後の60日を検証。
特に小松帯刀に重点を置いて展開する。
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慶応二年、幕府は単独で全国を支配する力を失いつつあった。
翌年に将軍慶喜と各藩大名が会議を持った。慶喜は弁舌を奮ったが大名の反発を買う。武力を持って慶喜を追放しようという急先鋒が薩摩の3人。
3人は下級武士出身。西郷は7歳年下の小松を試す。その度量を見込んだ西郷は襟を正す。小松は慶喜ですら信頼を置くほどの、清廉で人当たりの良い人物だった。
慶応三年、三都同時挙兵策を考案し、武力討伐を計画する薩摩の3人。しかし藩からは猛烈な糾弾を受けて、ボツになる。
有力藩土佐からは武力に頼るのでは無い「大政奉還」という策が提示される。戦争を行なわずに政権を移譲する名案であった。
そこで薩摩は岩倉具視などを動かして、慶喜を攻撃することについて天皇から許しをもらう。
慶喜は、機先を制して「大政奉還」を自ら申し出る。小松は朝廷にすみやかに受け入れることを慶喜側の代理となって申し入れに出向く。しかし二条摂政は受け入れを渋る。決定を引き延ばし責任を逃れようとする二条を脅す「私達にも決心があります。」という言葉で、受け入れを認めさせる。ハッタリだったが・・・。
小松たちは武力による倒幕と、平和裡に政権移譲する二つの手段を手中にする。
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小松は「庶民性の有る貴族」といった感じだったろうとゲストの先生。
では大政奉還後の動き、朝廷は突然に政権を移譲されて、まずは藩主達を全国から集める。薩摩の3人は薩摩藩主に京にのぼって会議に出席することを勧める。久光は軍勢を率いて上ることにした。
しかし小松は持病だった足の痛みが悪化し、立てなくなってしまう。
そこで11月10日大久保が代りに京に出発。西郷も軍勢を率いて上る。残った小松は「残念の至り」と嘆く。京都では会議に集まるはずのものが2割しか集まらず、逆に慶喜側に集まる始末。
11月16日にも悪い知らせが届く。倒幕の勅書について公家たちが実行を見合わせるよう書面を送ってきた。これでは挙兵も困難。大久保は方針の切り替えを迫られて、クーデターを決意する。
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スタジオで・・・大政奉還をしたことで慶喜への評価が高まった。さらに今までの政権担当経験が必要とされ諸藩もなびいた。
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慶応3年12月2日、大久保は土佐藩に協力を求める。しかし小松がいないことを土佐藩はいぶかる。大久保と土佐藩の意向が食い違ったまま、御所を固めクーデターの決行が開始される。
二条ら徳川寄りに公家たちが排除され、岩倉など朝廷よりの公家達による会議が開催されて、王政復古が決議される。12月9日の夕方、御所で会議が催された。しかし会議は紛糾。火種は土佐の山内容堂。山内は慶喜を入れるべきだと主張、ここで土佐藩と薩摩藩の意向が激突。大久保の慶喜への処分案が厳し過ぎると各藩の反発を招いた。
そこに西郷の「短刀一本あればカタがつくではないか。」という発言が駆け巡り、反対意見は鳴りを潜めた。
慶喜はこれを飲むことはできなく、関係は悪化の一途を辿り、結局は徳川幕府側と新政府側の1年にも及ぶ戊辰戦争へと進んでいく。
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スタジオで・・・もし小松が京に上がることができていたら、戊辰戦争は起きなかったかもしれないが、小松が政治的判断をして意図的に京に行かなかったのではないか。西郷や大久保を表に立てた「家老」としての力を発揮した小松をもっと評価してもいいのではないか。
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最後に、3人のその後
鹿児島市歴史資料館。西郷は2000石、大久保は1800石、小松は1000石。明治政府においては西郷・大久保が地位が上、しかし協力関係は変わらなかった。小松は病の悪化で36歳で世を去る。しだいに歴史からは埋れていってしまった。
西南戦争はその後発生し、西郷と大久保が戦うことになる。西郷は戦死、翌年大久保は暗殺される。
もし小松が生きていたら、この戦争は起きなかったのではないかと言われる。
平成6年に小松の銅像も建てられた。改めて見直されている。
作者:
更新日:2008年11月19日 21時55分
月冴える。
爆問学問:東昭
サングラスをかけて笑う少年時代の写真が東さん。
紙飛行機を作って飛ばす爆笑問題の二人。
場所は静岡芸術大学。「飛行少年と呼ばれて」というタイトル。
紙飛行機はあまり良く飛ばなかったが先生のアドバイスで良く飛ぶ。
航空力学の大家、航空理論の開発で世界の空を支えている。
現在81歳で、東京大学名誉教授でもある東先生。
まずは「飛行機は何故飛ぶのか?」という素直な質問に答える。
「空気を下に押しやると、その反力で押し返す。揚力が空を飛ぶ」
揚力と機体の重さがつりあうことが大事な要素。
「トンボなんかは小さいので、理屈は同じでも違う方法」
と空洞実験装置の中にトンボを飛ばして、その空気の流れを見る。トンボは巧みに4枚の羽を動かして揚力を得ている。
生きものの飛行の仕組みを力学の理論で解明したのも先生。「生物力学」としての先駆者である。
「羽ばたくことによって推進力も出る。飛び立つときは自分の重量の約10倍の力を出す。」
「それぞれが相応しいカタチの飛び方をしている。蝶は近距離をわたるだけで良い飛び方をしている。」「トンボは逆噴射もできるし、どんな飛行機もかなわない」
「オニヤンマやギンヤンマが好きだった。捕ったあとは遊んでリリースする。」
網を持ってトンボ捕りに出かけた先生。
81歳の今でも「飛びたいな」の夢は変わらない。
パイロットになりたかったが近眼で断念し、そこから飛行の仕組みを研究する道に入った。
「飛んでるモノから見ると空気が違う。トンボには空気は粘っこいものなんだ。」
ヒトは空気の抵抗はあまり感じないが、小さな生物は空気が粘っこく感じる。人間にとってはハチミツみたいなもの。
どんな飛ぶものも空気が必要。真空ではダメ。空気を足台にして飛ぶ。
先生、インドネシアのウリ科の植物の種を取り出して飛ばす。アルカネド・・何とかとかいってた。
これが良く飛ぶ。この種は全知全能の神が作ったかと思うほど素晴らしい。
「人間は飛べなかったから飛びたかった。」
太田がここから地上を這う僕らの行き止まり感を語る。ツマンナイ!なんでこんなんで時間費やすかな!ブチッツ!
結論は「歩けりゃいいや。」ってだからツマンナイって。
先生「ウスバキハチトンボはオホーツク海にもいるけど、いつかはそこらへんを飛んでるのが生き残るかもしれない。」「月へ行ってみたいし、そのあと火星に行きたい。そこで子供だできたら「月人」であり「火星人」であるわけで、宇宙人は自分たちが作るんです。」「生まれ変わるならカーボンファイバーの翼を持った突然変異した人間になりたい。」
作者:
更新日:2008年11月18日 23時0分
ガイアの夜明け:事故米、流通の闇
10月3日北海道小樽市のゴミ焼却場。白い袋が捨てられた。中身はあの事故米。
大阪の三笠フーズの事故米転売が世間を騒がせたのが9月。
その影響は4社から裾野が広く、いまだに全容がつかめていない。
島田化学工業の「米でん粉」はいろんな食品に使われている。
アイスにも使われていて今年の夏、口にしない人はいないかも。
その社長に独占取材。
そして熊本の美少年酒造。自分たちも被害者なのに、頭を下げて回る営業マン。
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役所さん、検疫所でチェックする役目。コメの場合は事故コメと認定された場合、工業用に使うということで輸入が可能だった。でもこれを食用とすると値段は10倍になる。こうしてせんべいやお酒となって私たちの口に入った。
9月上旬に三笠フーズ、浅井、太田産業そして島田化学工業の4社にまず渡っていたことがわかった。しかしその先がなかなか判明せず、島田科学工業は最も遅くいまだ全容がわからない。
すぐる食品は島田からコメでん粉を仕入れていた。工場稼働率は2割に落ち込み、売り上げも2ヶ月たった今でも半分。社長は風評被害に悩んでいる。公表するのは当然と思っていたが、マスコミによる被害が想定外だったと社長。
取材班は口を閉ざしたままの島田化学工業の社長に直撃。長い沈黙を破って社長が語り始めた。
新潟県長岡市にあり、従業員30人。日本で唯一コメでん粉製造の特許を持つ。米でん粉は様々な用途に使われているが8割は食糧に使われる。
Q:食べ物にしてはいけなかったんじゃないですか?
A:ついついということで安易にやってしまったとしか言いようがない。
A:事故米か事故米じゃないかが特定できないからどこに売ったかわからない。
Q:農水省が買ってくれといったのか?
A:農水省も(事故米の)やり場がなくて困ったでしょうね。
Q:検査は何回くらいあったんですか?工業用に使ったかどうかの検査はされたんですか?
A:まああったです。
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農水省の所長にインタビュー
A:でん粉にしていれば良かったので、そこだけチェック。それから先の販売先はチェックしていなかった。
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10月16日、すぐる食品がついに島田化学工業を提訴。
「正直者がバカを見る社会であってはいけない。」と提訴の理由を語る。しかしこの宮崎社長は愕然とする。島田化学工業が廃業し「上越スターチ」として新たな会社を立ちあげて(「三和でん粉」が買収、子会社設立)、引き継ぎ(工場も従業員も丸ごと)した。
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そもそも事故米が何故入ってきたのか。10年前からこの問題を提起してきた「農民漣」。2001年に中国政府の国営農場を視察。農薬の臭いと虫は一匹もいない光景に驚いたという。
しかし残留農薬があって事故米だとされても輸入は可能。ミニマムアクセス米としてカウントできるため、食品衛生法を超えたところで農水省が認めてきた。
政府はこの事態を打開するために事故米は流通させないことを決めた。
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役所さん、酒造業者が風評被害に悩む姿を演じる。
熊本県の美少年酒造。知らないうちに三笠フーズの事故米が混入していた。それは250年も続く老舗の酒造会社。自主回収3万本、経済酒といわれるパック酒に事故米が混入。破砕米に事故米が混入していたことが判明した。38万本から39万本分を廃棄せざるを得なかった。
しかし事故米とは関係ない酒も返品が相次いだ。10数億円単位の損失。会社では緊急会議で、「経済酒を止めるかどうか」で議論白熱。地元で人気のあった経済酒を止めることは経営目線からも大きな決断が必要だ。
東京の街を奔走する美少年酒造の緒形専務。酒屋や問屋をお詫びして回る毎日。でも酒屋さんの反応は「当分は置けないですね。」というもの。専務は「来る日も来る日もお詫びで、返品の話」と肩を落とす。
本社では残留農薬検査を実施していて、ゼロが確認された。
営業マンには朗報で、とにかく何種類でもいいから店頭に並べて欲しいと、この結果を持って、スーパーを訪問し交渉。しかしスーパー側も「とは言っても、消費者がどう反応するか。できれば緒形さんが直接店頭に立ってアピールしてもらいたい」と要望。果たしてこのチャンスをものにできるのか。
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熊本城南町の美少年酒造では「経済酒」を新たな破砕米でない原料で製造することにした。また原料の米を300種類以上ののチェックを行なうことに決めて実施。
ようやく杜氏たちにも笑顔が戻った。
一方東京では緒形支店長が店頭に立った。改めて安全消費者にアピール。スーパーキタムラのマネージャーも様子を見ていて、客の反応も上々と置くことを決めた。
工場のラインもようやく動き出し、風評被害を乗り越える動きが出てきた。
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役所さん・・・消費者を守るという意識が農水省にあったらこういうことにならなかった。
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今夜の感想:まさに役所さんのおっしゃる通り。それに風評被害克服にはそもそもキチンと事実を伝えていないで煽るだけのマスコミにも問題があると思う。こういった番組でせめてもの罪滅ぼしをしているのはいいことだと思うけどね。
作者:
更新日:2008年11月18日 21時58分
昨日と同じ
カンブリア宮殿:JTB田川博己
案内一筋96年、パックツアーの先駆者JTB。旅行界の巨人を率いる社長が今夜のゲスト。
会場はOL100人。社長が業界に入った理由は「人を動かすことは楽しい」と誘われたから。
窓口は全国に300あり、そこには旅のプロ集団がいる。年末年始のハワイなどはキャンセル待ちだという。旅行取り扱いで1兆円を超え圧倒的1位だ。
社長は地下の狭い通用口から出社。秘書がすぐにスケジュールの確認。講演の確認まで行なう。
1912年創業。当初は外国人に日本の旅を案内した。それが日本が豊かになるとともに海外へのパック旅行を企画し当った。若き日の田川も世界を案内して回った。
そのルックJTBが利用者2500万人を達成した。しかし現況は若者の旅行離れ、原油チャージ、金融危機と旅行者が減ってきている。
JTBは全国を9つに分割し、地域との交流を深めて、遠くの海外より国内旅行という客を呼び込む。リゾートウェディングは盛況で、特に沖縄はハワイ化計画実行中。沖縄の従業員に沖縄の新たな観光スポットを開発させている。フリーペーパー方式のチラシも作成。また古き良き沖縄を携帯でガイドするサイトも好評。照屋さんが新たなスポットを見つけてきた。「ガンガラーの谷」ガジュマルの木の根と、鍾乳洞が共存している場所。1時間ほどのトレッキングスポットにしようと考えている。
1ヵ月後、新名所「ガンガラーの谷」がパンフレットになった。
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スタジオには1964年からの旅行に関する出来事がパネルになって出てきた。海外旅行が自由化されたということにビックリする。羽田空港に鈴なりになって見送る人たちの写真にもビックリ。そんな時代があって今があるんだね。’日本人は海外旅行で国際化した’(田川)
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分社化の理由・・・地元に根ざしていないと役割が見えなくなる。地域密着型が原点。会社の体質を変える。
龍さん「日本人は日本の良さを理解していないんじゃないか」
社長「海外に行くと日本の良さがわかる。」
龍さん「沖縄の湾は世界一静かだ。そういうので売り出せる。」「これからは’地方発’が新しいのではないか」「トップが信頼しないと分社化はできないですね。」
社長「決断が必要だったけど、意気に感じてやってくれている。」
龍さん「業界トップがやるのはズルイ感じがするけど正しいと思う」
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東京銀座のロイヤルロード銀座。ここが富裕層専門の店。1億3千万を1回の旅行に使った人がいたという。
希望ならプライベートジェットも用意する。オーダーメイドの旅は好評だという。
しかし一方で若者の海外旅行離れが進んでいる。激安ツアーで凌ぎを削っている。
ルックJTBもついに激安市場に参入。学生専門の「ガクタビ」だ。販売促進企画チームは若者が担当し、安っぽさをあえて出す。オヤジギャグ風のノリで、置き場所も学食のトレー。
社長「ラグジェアリーマーケットは欧州では普通で、手数料も日本は低い。」
龍さん「妬むところも日本人にはあるけど売れましたか?」
社長「ここだけは伸びている。」
小池「ガクタビはナスカナンスカなギャグですよ。」
社長「まずは利用してもらって、JTBの客になっていただくのが大事」
龍さん「海外に興味が無い若者が増えてきている。でも’知ったつもり’と実際に行って見ることは違うのに。」
社長「ネットで見られるけど、実際に行くとまた行きたくなるんですけどね。」
龍さん「何か辛いことがあったときに思い出したりするのは海外のことだったりする。」「何も無くまま年取ったら辛いですよ。」
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東京浜松町、朝に大型観光バスが集まってくる。海外からの旅行者だ。JTBサンライズツアーが人気だ。アニメのフィギアの店や、秋葉原のメイド喫茶、鮨を握らせてくれるものまである。体験型ってヤツだが、この寿司作りツアーは大人気だという。
観光庁も4兆円の経済効果を海外からの観光客に求めている。
台湾では「立山連峰」が人気。知事のPRが効いたせいか、富山⇔台湾便は常に満席。観光客は立山黒部アルペンルートを満喫する。美しい紅葉の立山は大人気で、みやげ物店も2・3割売り上げが上がるとホクホク顔。
社長「これだけの観光地のある日本は、もっと海外から客を呼べる。」
龍さん「旅は物見遊山だけではないですね。」
社長「旅は時間消費財なので、力がある。この交流文化産業を生かして、新しい旅を考案したいと思っている。」
龍さん「何の為に働いていますか?」
社長「平和の為に働いている。誰の為にといわれれば家族の為と、従業員の為に働いている。」
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対談を終えて、龍さん・・・「過去には感謝を、未来には希望を」というモットーの社長。イチバンでっかい会社の社長がイチバン革新的だもの、小さな会社は太刀打ちできないですよ。
作者:
更新日:2008年11月17日 21時58分